医務室とステファン 4
ステファンとキスまでしたのに……余計なことを言ってしまった。
「あいつの髪--」
「ステファン! 実は秘密があるんだ。ステファンにしか相談できないよ」
僕はステファンの話を遮った。ステファンの腰にてを回す。ベッドで横になっているので、彼の顔はものすごく近い。
「え? ……なんだよ?」
「絶対秘密だけど……寮でね、僕の部屋に誰か入ってきたんだ」
「は? 入ったらダメだろ、 誰だよ?」
ステファンはすぐに反応した。彼は正義感が強いことはわかっていた。規律には結構厳しいタイプなんだよ。僕は腕を軽く押さえて落ち着かせた。
「ええと。真夜中にね、その子、部屋の入口に立ってたんだ…でも暗くて顔はよく見えなかった。僕、ルールは守らないとって言ったんだ。他人の部屋に入っちゃ絶対ダメだって教えたよ」
「で、外に出たのか?」
「ううん。早く出てって、って言ったんだ。守らないと罰則が増えちゃうよって」
「鍵、閉めなかったのかよ?」
「うん、その夜は忘れてたのかな……」
ステファンの無表情が怖かった。こんな話しなきゃよかった。でも、途中でやめるわけにもいかないし。
「罰則でビデオも本も借りられなくなるって言ったのに、その子、もっと近づいてきたんだ」
「だから誰だったんだよ?」
「それで……よく見たら、顔がないんだ。のっぺらぼうだった」
「は?」
僕はつい笑ってしまう。
「嘘だよ。ごめん! 僕が考えた怖い話なんだ」
ステファンが笑ってくれるかと思ったけど、明らかに怒らせてしまった。こんなつもりじゃなかった。
「なんだよそれ。くだらないからやめろよ」
「ごめん……ステファン、怒らないで。ごめん」
「怒っちゃいないよ。エリオ……他に言いたいことがあるんじゃないかな? だからそんな話をしたんだ。さあ今度こそ本当ことを話してくれよ」
ステファンに顎をすぅっと触られた。
「ごめんて。急に言われても……ちょっとわからないよ」
「ダメだ。あるだろ」
ステファンは、普段は穏やかで親切だけど、怒ると怖いのは知っていた。前に中庭で急に怒ったことがあった。あのときはもっと怖かった。
それであの話を思い出した。さっきの話も嘘っていうか、実は明け方の夢……だったんだけど。それを正直に言うのも、面倒だったからのっぺらぼうって言ったんだ。本当は体も全部、もっとぼんやりとしていたんだよ。
「えっと…クロノス学園に僕が転入してきたときの話するね。ステファンと何人かに話したよね?」
「ああ、あれか! 面白かったな。感知するやつ。センサーライトの話だろ? 自分の影が追いかけてきて、驚いたんだっけ? 面白くて語り継がれるぞ」
「へへへ」
僕は苦笑いをした。
「先生たちの棟ばっか設備が新しくなって、俺らの寮は古いままなのにな」
ステファンは機嫌を直して笑ってくれた。僕は真面目な顔で話を続けた。
「えと、それでね影に首を絞められたんだ」
ステファンが目を見開いた。そのぎょっとした彼の顔は怖いくらいだった。
「ライトでできた僕の影の中に、一人だけ両手を伸ばして追いかけてくる影があったの。僕、両手なんて上げてなかったのに。そいつが首を絞めてきた。すごく苦しかった。その影、絶対子どもだった。小さかったから。だからレイモンドではないよ」
「作り話じゃないよな?」
僕は無言でうなずいた。
「なるほど……それは怖いな」
ステファンが低い声で呟いた。そして--
「こんなふうにか!」
ステファンが目をさらに開いて、急に僕の首に手をかけてきた。
ステファン? なんで……苦しいよ!
僕に覆い被さってくる。ステファンの目は切れ長で、普段からちょっと冷たい雰囲気なんだ。でも、その目が大きく見開いて……なのに口元は笑ってる。この人、誰? やめて……。
「ママ、やめて!」
ステファンはハッとして、手を離した。本気で絞めてたわけじゃないと思うけど怖かった。ステファンが僕を抱きしめてきた。
「ごめんごめん、エリオ。冗談だよ。怖かったか?」
「…………」
「エリオ、ママって言ったよな?」
僕は黙っていた。怖くて言葉が出なかったんだ。
「……名前間違えちゃった。僕マザコンだったから、へへ」
なんとかふざけて誤魔化してみた。
「あぁ、そうか。やっぱり好きだよ、エリオ。ブロンドのあいつより好きだよ」
僕の震える身体をぎゅっと強く抱きしめてくれた。
そういえば、前に保健室に三人で来たよな。ステファンと僕、あとブロンドのあいつと。
あの頃はずっと三人で一緒にいたんだ。
またブロンド君のいた頃の話になります。何かあったのでしょうか?




