歩み
一歩ずつ確実に進んでいく
「なぁなぁ、知ってるか?最近噂になってる新人。」
「ったりめぇよ。最近いきなり現れたと思ったらもうモス3ランクまで昇格した奴だろ?」
「それが今はランク4だってよ。二週間前にパッと現れたと思ったら目にもとまらぬ速さでランク上げてる新人。名前なんて言ったかなぁ。くそっ忘れちまった。」
「おいおい。しっかりしろよ。確か名前は…カイヤ…だったか。」
「そうそう!それだ!カイヤ・キャトル!!あーすっきりしたわ。」
「へぇ、そいつ農民のくせにラストネーム持ってんだな。」
「あぁ、なんか最近国のお偉いさんを助けて褒美としてもらったんだと。」
「かぁーーーっ!運がいいやつだなぁ。」
「なぁ。ほんと羨ましいよ。農民は農民らしく村でイモ育ててりゃいいのに…。」
「はっ。おおかた、冒険者にでも憧れたんだろ。」
……………………。
「あ、しまった。もしかしてこれ、君の両親だった?」
「危ないよ。君まで燃えちゃう。」
「お兄さんの愛を無駄にするつもりなの?」
「おーきくなったら遊びにおいで。」
痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い助けて!誰か助けて!嫌だ!死にたくない死にたくない死にた…く….........。
逃げろ…………カイヤ.........。
「ッ!?!?!?」
ゆ…………め?
…………。
…………………………。
…………………………ゆめ…………………………。
「くっ…………にぃ……ちゃん。」
荒い呼吸、頬を伝う涙。滲む脂汗。澄ました笑顔で次々とみんなを俺の家族を殺したあいつの顔が脳裏に浮かぶ。
「くそがっ!」
ぼんっとベッドを殴ればその分だけ反動が来る。毎日毎日毎日同じ夢だ。毎日母を殺され、父を殺され、兄を殺される。この悪夢はあいつをこの手で消すまで終わることはないだろう。いや、消しても終わらない。あいつの全て。あいつが築き上げたもの全てをこの手でぶち壊すまで絶対に終わらない。
何をしてでも。何を失っても。必ず。必ず殺す。
…………………………。
朝早くからギルドの扉をくぐる。この時間なら依頼を比較的自由に選べて昇格がしやすいからだ。受付に挨拶をした後クエストボードに張り付いている依頼の紙を数十枚ぶん取り、受付へと提出した。
「お願いします。」
「はい!いつも朝早くからご苦労様ですカイヤ様!魔獣討伐の依頼12件確かに承りました!では気を付けて行ってらっしゃいませ!」
「うん。ありがとう。」
あの惨事があった後、俺は運よく国境を行き来する商人に拾われて王都の孤児院で育てられた。それからは魔物、魔族に対する知識を水とし、憎しみを糧として生きてきた。
冒険者になるための資格取得の試験に5度ほど落ちたがそれでも毎年受け続けた。ようやく戦闘の基礎がなったところでギリギリで冒険者になる資格を得た。そして1年王都で資格を持つ者しか受けることのできない訓練を受け、認められて初めて冒険者ギルドへの登録を認められる。
冒険者ギルド、主に王都や大都市で活発な魔獣及び魔物に対する大規模組織。完全ランク制。ランクはモースと呼ばれ1~10まであり数字が高いほどランクは上となる。もちろんランクが上になるほど報酬も増え、任務の危険度も高くなる。ランクが7をに到達すると魔物ではなく魔族の討伐や調査に参加でき、報酬額と比例して死亡率も桁違いに違いに上がる。逆を言えばランク7以上にならなければ魔族関係に一切関与することができない。それはどの国のギルドも同じだった。また、ランク10になると五つの魔族専用のグループに分けられる。戦闘、研究、開発、偵察、守護と自由に選べるらしい。もちろん俺は前線に立つ戦闘を選ぶつもりだ。
確実にあいつの喉笛を搔っ切るために。
早々に魔獣が出たとされる地へ赴く。今回は残念ながらあいつとの関連はないだろう。俺たち冒険者にランクがあるように魔物別にもランクがある。低級から特級まで。低級は主に1~3の冒険者の担当だ。ネズミや小鳥、小さい虫などの魔物がそれに該当される。そいつらは別に珍しくもなんともない。俺もにぃちゃんと額に宝石を付けたリスを林で見たことがある。このように人間が住むところで発見されては駆除されている。外来種、と同じような認識だ。何なら出るところでは正規のネズミよりも数が多い地域もある。少数ではさほど脅威にならないが数が増えると厄介だ。腐っても魔物の端くれ住人に怪我を負わせることもあるし、その土地の生き物の数を大幅に減らしてしまうこともある。
ランク3の冒険者はせいぜいこれらを捕獲、駆除して冒険者ギルドに提出することでしか昇格に必要なポイントを得られない。まさしく雑用だろう。
それでもやらなければいけない。たとえ、ランク1の冒険者がランク4の魔物を倒したとてポイントはもらえず、ランクは上がらないからだ。それはランクの低い冒険者が無謀にランクの高い魔物に挑むのを防ぐためだろう。確実に基礎を手順を道順を踏ませに来ている。
「まぁ、それに不満はないが。」
長かったが今回の12件をすべて達成すれば晴れてランク4に昇給できる。中程度の魔物に挑めるようになるのだ。確実に一歩ずつ進んでいく。確実に。
「ここか。」
依頼書1件目の森へと着く。さほどしないうちに一体確保できた。ネズミ型の魔物。ジュラット。手足の爪や牙が小さいながらもすべて純度の高い宝石でできている。ただ、すばしっこいため捕まえるのは非常に困難だ。初めは何もできずに翻弄されて地面を這いずり回った記憶がある。初めて捕まえた時の達成感の何たるや。これは冒険者になった者しか体験できまい。
今は難なく捕まえられている。順調にぽいぽいと絞めては袋に詰めていくとあっという間にいっぱいになった。一件目の依頼達成だ。
その後も次々に依頼をこなしていき、とうとう最後の一匹を袋に詰めたところで森の奥から甲高い悲鳴が聞こえてきた。迷わず荷物を投げ捨て剣だけ持って走り出す。こんな森の奥だ。一般人なら立ち入らないだろう。何よりこの先はランク5の魔物の発見例がある。なら、悲鳴の主は冒険者の可能性が高い。
「っ!」
案の定だ。一人の女性が今にも飛び掛かられそうになっている。
「間に合えッッッッ!!」
足に力を込めて全力で走った。刹那、女性を押し飛ばしたと同時に背後でギンっと刃同士を合わせたような音がした。間一髪、ギリギリ間に合った。ギリギリすぎて加減ができなかったがその点はご了承いただこう。
「いっ…………たぁ!?え!?なに!?何が起きたの!?アタシ死んだ!?」」
「死んでない!」
「え!?!?誰!?!?」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃない!立てるか!?」
「う、うん。」
「ならよし!今すぐ逃げてくれ!こいつは手負いを守りながら相手できるほど弱くない!」
「う、うん!」
走り去ったのを確認すると改めて魔物に向き直る。ソードウルフ、文字通り牙が全て剣のようになっている中型サイズの狼だ。さらに前足の手根骨が変形して剣のような突起が突き出している。本来ならばランク5の冒険者が担当する魔物。俺はまだ相手にならない。が、今逃げれば確実に死ぬだろう。とんでもないことに首を突っ込んでしまった。
一声上げて向かってくるそいつの突進をぎりぎりで躱す。まさかここでネズミを相手した経験が生きるとは!しかし戦況はなお絶望的だ。躱し続けてもいつかは限界が来る。その前に倒す!
意を決して二回目の突進に合わせて剣を振った。
「ぐッ・・・」
歯がかすったがそれは向こうも同じ。どうすればいい。考えろ。ソードウルフは瞬発力、跳躍力が優れている。どうにかして懐に潜り込み致命傷を与えなければジリ貧でこちらが負けるだろう。
懐に潜り込む。懐に。簡単には言うが、難易度はそれの比ではない。瞬発力の高い相手の懐に潜り込むんだぞ?考えろ。考えろ。考えろ。こんなところで死ぬわけにはいかない!必ず勝つ!!
こいつの懐ががら空きになるのは両の前足を上げて飛びついてくるときだけだ。幸いこいつの攻撃は単調な飛び掛かりのみ、相手に前足の刃を突き刺して抑え、歯でとどめを刺す。ならばその飛び掛かりををよけずに尚且つ刃に刺されないようにする必要がある。ならば。
相手の突進に真正面から向かっていく。案の定飛び掛かりのために跳躍したところで勢いに合わせて相手の懐へスライドした。そのまま剣を真上にある腹に突き立てて滑らせる。
ボキッと耳を疑うような音が聞こえたが、十分に威力はあったらしい。見れば、腸を地にぶちまけて倒れているのが確認できた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……勝った。」
剣を見ると根元からぽっきり折れている。本当にぎりぎりだった。
.........帰ろう。まだ報告をしていない。背を向けて、歩き出そうとした瞬間目の前から火の玉が飛んできた。
「危ない!」
「なっ!?」
身体をそらすことで避けられたが後ろでギャンッと声がした。まだ、生きていた。あれだけあるものぶちまけておいてまだ人を襲う余力があるとは。侮れない。
息絶えたのを確認すると火の玉が飛んできた方向に目をやる。
「あなたは……さっきの。逃げたはずでは?」
「うん。でもどうしても見捨てられなくて!本当にごめん!」
「いや、お礼を言うのは俺のほう。おかげで助かった。ありがとう。」
「こっちこそアンタが来てくれなきゃ死んでたし。あと、これ。アンタのだよね?」
そう言って俺が投げ捨ててきたバックを見せてくる。拾ってくれたのか。
「うん。ありがとう。ところであなたは何でこんな危険なところにいたんだ?」
「それは。」
長い赤髪の目立つ女性だ。見たところ同じランクの冒険者だろう。長杖を持っているから魔法を使うだろうしそうなると必然的に補助や後方支援系だ。まさか、杖でぶん殴るなんてスタイルじゃないだろうな。とにかく一人で行動するのはまず得策じゃない。
「と、とにかく帰ろう。報告がまだなんだ。その道中何があったか聞かせてほしい。」
「分かった。」
…………………………。
「ありえない。あまりにもバカすぎる。」
「ばっ!?バカって何よ!それアタシに対する不敬罪だからね!」
「いや、それを加味しても擁護できない。」
彼女の話を要約するとこうだ。自分は王の側室の間に生まれた王女様だけども誰からも望まれない子供だと虐げられてきたからついに耐えられなくなってある日突然冒険者ギルドに入った。そこでランクを上げて強くなってみんなに自分の存在を認めさせようって魂胆だと。
いや、バカすぎる。
「そもそも何で冒険者なんだ.........?」
「アタシのお母様は凄くひどい人なの。アタシが男子じゃないってわかると部屋に閉じ込めて一度も会いに来てくれなかった。けどね、1人だけは違ったの。アタシの乳母だけはちゃんとアタシを見てくれた。その乳母が実家に帰省してるときに魔族に村を襲われた。その時に死んじゃったんだ。ほんと、最近のことなんだけどね。だからアタシ決めたの。絶対に魔族を皆殺しにするって。」
「…………。」
俺はこの目を知っている。この光のない目を。底を知らない絶望に吞まれながらも一つの目的のためだけに先を見据える俺と同じだ。
「だけど駄目だね。こんなところでつまずいてちゃ。魔族どころか魔物すら殺せないや。」
「だってあなた今ランク2だし。」
「アンタね。」
「でも、その意志はとても素敵だと思う。バカなんて人のこと言える立場じゃなかった。俺もそうだし。」
「そうなの?」
「うん。だから俺は尊重する。」
「そう…。ねぇ、アンタ名前は?アタシはガネット。ガネット・ピエル・プレシュレーズ。」
「本当に王族なんだな。この国の名前じゃないか。プレシュレーズって。」
「だから言ったでしょ。ホラ名前名前。」
「カイヤ。」
「…………………………。え?それだけ?」
「それだけってなんだ。農民はラストネームなんて持ってないぞ。」
「農民なの!?アンタ!?」
「あぁ。」
「それじゃ、舐められない?」
「まぁ。元農民だしな。反感は買う。」
実際そうだ。たかが農民。何の力も持ってない。財力も権力も。自分の家系を示すラストネームも。だからそんな身の程知らずがいきなり現れて冒険者なんてもちろん納得されるはずがない。ある程度の身分がないと許可なしに王都にすら入れない。だから俺たち郊外の農民は週に二回村に訪れる商人から物を売買し、暮らしていくしかないのだ。だからあの時親切な商人に引き取ってもらったことは本当に幸運といえるだろう。
農民から元農民の王都の孤児として暮らすことを許されていたのだから。
「じゃあ、アタシが何とかしてあげる!助けてくれたお礼はしたいから!」
「何をどう何とかするんだ…?」
「アタシは確かに望まれてない影の薄い子だけど、それでも王族の端くれである事実は覆せない。その王族を助けたアンタには褒美を受け取る権利がある。だから近いうちにお父様に呼ばれると思う。アタシがそうさせる。ラストネームぐらいは貰えると思うよ!」
「…………それは正直ありがたい。俺の身分が安定するということだろ?」
「うん!しかも王族直々にっていう肩書付き。」
「本当にいいのか?」
「もちろん。アンタは私を尊重してくれた。だったらアタシもアンタを尊重する。アタシとアンタ同じ…なんでしょ?」
「あぁ、そうだな。ありがとう。」
「!?…えへへ。なんだか不思議な気持ち、じゃあ!今日からアタシたち親友ね!」
.........。
………………。
…………………………ん?
「はっ!?」
とんでもない親友ができてしまった