波乱の幕開け
大変な一日になりそう…
「…。」
「…。えっと…。」
「さむい…。」
アルコルの大絶叫の後、私は無事?魔王の手から解放され…てはないけれど上体は起こすことが出来た。今は背後に魔王が引っ付いている状態だ。もうたぶんどうしようもない。アルコルはというと疲れ切った目でこちらを見ている。なんだろうこの気まずい空気。
「どういうことですか…これ。」
気まずい空気を打開すべく口を開いたのはアルコルだった。
「えっと…。」
「近づかないように言いましたよね?というかどうやって入ったんですか?」
「うるさい…。」
ん゛ん゛…。と背後で唸る魔王。不快だとでもいうように私を捕まえている両腕に力を込めた。つ、潰される?
「うるさいじゃありませんよ。今どんな状況か貴方理解してますか!?」
「ねむい…。」
「駄目だ朝は話にならない。ということでミラ様、状況説明お願いできます?私に分かるように。最初から最後まで。」
「うん。」
こうなった経緯を話すとアルコルの目がどんどん遠くなり、終いには頭を抱えてしまった。がしゃがしゃと乱雑に頭を掻き乱したかと思えば死んだ顔でドアに寄りかかりはぁぁぁ、と大きいため息をついてしまう。
「わっけわかんない…。」
うん。私もそれには同感。
再び沈黙が流れる中、勢いよくドアが開いてアルコルが吹き飛ばされる。あの人本当に大変だな。意気揚々と現れたのはサビクさんだった。
「おはようございまス!!キルファ様!ミラ様!昨夜はよく寝れましたか!?ん?なんでアルが倒れてんスか?」
「お、まえ…。よくも…。」
サビクさんはひょいっと片手でアルコルを引っ張り上げると部屋の隅に軽く放り投げてこちらを見る。
「あー…どういう状況で?」
「お前のせいだぞ、サビク。お前が、お前が変な提案を魔王様にするからこんなことに…。」
恨みつらみを交えながら私が伝えたことを簡潔に伝えるアルコル。凄いな、一回伝えただけでそこまで理解して簡単にまとめられるんだ。この状況を。説明されてる途中にサビクさんの肩が震え始め、終わったころには全部の腕でお腹を抱えてドアに寄りかかってしまった。
「っひっひっひっひっひっひっっひゃっひゃっひゃっひゃっ…お、おもしろっすぎっ…それでっこうなってんのっ…てかっミラ様っ寝れたんっスねっ。」
「うん。寝れた。」
「本当にキルファ様と寝るとかっ神経図太すぎっひっ提案したのっ僕だけどっ…ぶっとんでらぁっあっ…。」
ゲラゲラと私を指さして笑うサビクさんにムッとする。もとはと言えばサビクさんがこんな提案するからこうなってるのに図太いとはどういうことか!寝れたのは事実だけれど!!
「笑ってる場合じゃありませんよ!!ただでさえ朝に弱い魔王様にこんっなちょうどいい熱発生源与えたらもう、ただでは起きませんからね!!??」
「熱発生源…。」
「っひっひっひっひっ。は、吐くっわらいっすぎてっくるしっひゃっひゃっひゃっ…。げっほっ。」
呼吸を大きく乱し、もはや過呼吸の域に入ったサビクさんが倒れて咳き込み始めた。
「うるさいなぁ…。…。出てって…。」
「貴方朝一から会議ですからね、わかってます!?」
「全意見却下、会議終了。」
「ふざけんなそれで済むわけないでしょう。さっさと起きてください。」
いつもなら音一つ立たない絨毯の上をドスドスと音を立てて大股で歩き、窓に近づくと全部のカーテンを開けていくアルコル。とたんに目を刺すほどの光が部屋中に差し込んだ。なんだかいつもより眩しい気がするのはカーテンの暗い色がいつもより部屋を薄暗くしていたからだろう。まさかカーテンが青いのって光を遮るため?
「ん゛。」
「うわあっ!?」
部屋が明るくなった途端に苛立ちを込めた声をあげて布団を被りなおす魔王、それに巻き込まれる形で私の視界も暗くなった。外でアルコルの声が聞こえるが籠っていて何を言っているのかわからない。サビクさんの笑いと咳が一段と大きくなったのはわかるのだけれど。私はどうすれば…。このままじゃアルコルが可哀そうだし、サビクさんが過呼吸で死んでしまう。この状況を改善しようと魔王の方に顔を向ければ、ばちっと音がしそうなほどしっかりと目が合った。お、起きてる!ただ、口元に弧は描かれてない。いつものうっすらと笑っている表情はどこか不気味で怖いけれどこっちの真顔のほうはそれとは別の怖さがある気がする。笑みがない分、冷たさが増したような、圧を感じるような…。初めて見る表情だ。
「…。」
「あ、えっと。」
暗い中怪しげな光を纏うガラス色から目を離せずにいると、急ににこりと笑い、いつもの表情に戻る魔王。
「目ぇ覚めちゃった。」
「わっ。」
急に明るくなる視界。先ほどまでの体たらくは何かの見間違いかと思うほどしっかりとした足取りで立ち上がり軽く伸びをしてバルコニーのほうへ向かっていく魔王。バルコニーへ繋がるガラス張りの扉を開ければひんやりとした風が入ってきた。その肌寒さに思わず震える。魔王はそんな寒さを気にしないとでもいうように顔色一つ変えず外に出て、中ほどまで行くとピュイっと短い口笛を吹いた。その数秒後、バサバサと鳥の羽音が聞こえて魔王の頭上に影を作り、そのままカツン、と軽い音を立てて魔王の目の前に降りてきたのは黒い羽をもつ鳥だった。私の身長は優に超えている。
「か、ラス?」
「あぁ、ミラ様見るの初めてっスもんね。あれ、大ガラスっていう鳥の魔物っスよ。今はキルファ様に一夜の報告をしてるところっスね。」
「サビクさん…よかった生きてた。」
「危なかったっス。」
「いっそあのまま死んでいればよかったんですけど。」
「それで困んのアルっスよ。」
「チッ。」
盛大な舌打ちと共に、睨みを利かせるアルコル。その視線を軽く流してサビクさんは笑う。一触即発の雰囲気を横目に魔王の方へ向き直れば大ガラスは魔王の手に擦り寄ってはぐぅぐぅ、と聞いたことのない声を出していた。カラスってカーカーと鳴くのでは?と思いながらも気持ちよさそうにしているカラスを見ているとふと、目が合った。黒くて丸い目と。そして先ほどまで穏やかな目をしていたカラスに警戒の色が浮かぶ。ガーッっとしゃがれた重低音を響かせてこちらを見つめ、そわそわとしているカラスに恐怖心を煽られてただでさえ寒いのにもっと寒くなった気がした。
「ミルザ、オレのお人形さんに威嚇しないの。いい子でしょ?お人形さんは君が守る対象だよ。ほら、挨拶しておいで。」
魔王になだめられて分かったとでもいうように一声鳴くと、ひたひたこちらへ寄ってくる。え?嘘でしょう?来るの?カラスが近づいてくるにつれて恐怖心が増していく、逃げようにも場所が場所だし逃げられたとしてもそのあとが問題だ。仕方がないので息をのんで大人しくしていれば目の前までくる真っ黒の羽毛。は、迫力が…。
カラスは私を見下ろして首をかしげると小さく鳴いて座り、私の膝の上に嘴を乗せてきた。お、大きい。どうしようかと動けずにいると物欲しそうに上目遣いで見てくるカラス。な、でろってこと?
「撫でてあげて。ミルザは頭がいいから啄まないよ。」
「う、ん。」
魔王の言ったとおりに嘴をそっと撫でると嬉しそうにぐぅぐぅ鳴く。かわいい、かも。そのまま撫でていると信じられないといった様子で見てくるサビクさん。
「まじかぁ…僕未だにあのカラスに啄まれそうになるんスけど。どういうことっスか?」
「はっ。虫かなんかとでも思われてるのでは?」
「アルも一昨日威嚇されてたっスよね?見てたっスよ。」
「は?」
再び火花を散らす二人。
「そもそも懐かれるミラ様が異常であって威嚇される私が正常ですが???」
「変な吹っ切れ方しないでもらっていいっスか?同意はするっスけど。」
この大ガラス、ミルザは他の大ガラスと違いキルファ様が手ずから育てた個体だ。ある日魔物の住む区域から両の手にすっぽりと収まる毛の生えてない生まれたばかりの鳥のヒナを拾ってきたときは盗んできたのかとも思ったがどうも違うらしい。そのまま大きくなって立派な成鳥になるころには刷り込みのかいもあって今ではキルファ様に従順な大ガラスになっている。普段ならキルファ様の命令以外に懐くどころか近づきもしないし、良くてマキュリーが威嚇されなかったことぐらい。それほどキルファ様以外眼中にないもしくは敵という認識のこのカラスが、あろうことか初対面のまして人間に嘴を預けて満足そうに鳴いているときた。ちょっと理不尽ちゃいまスかね…。
「まぁ、いいでしょう。それより魔王様、あと数時間で会議が始まりますので身支度をお願いします。それと、始まるまえに書類の内容を頭に入れておいてください。あとは…。」
「めんどくさい。」
「なにベットに戻ろうとしてるんですか。」
いつのまにかベットに片膝をのせ、しれっと片手にブランケットを握っている魔王。ここまで来てまだ寝るつもりなの!?
「何百年も前からこの国を見守ってきた魔族達の見解ですよ。重要なんです。」
「じゃあ、その老いぼれどものつまらない昔話とごてごてに固められた堅苦しい主張を延々と聞くオレの身にもなってよ。魔王やめたくなるから。」
「先代を殺した責任は取ってもらいますからね。貴方様の跡継ぎも他の魔王候補もいないんですから。」
「こんなことになるんだったら行政用に生かしておいた方がよかったなぁ。つくづく昔のオレの先見のなさに嫌気がさすよ。」
「意気揚々とやったくせに。」
「楽しかったんだからしょうがないでしょ。」
「物騒な会話っスね。朝からする話じゃないっスよ。」
私もそう思う。この会話に相槌を打つことも意見することもできない私はずっとカラスを撫でることしかできなかったからサビクさんが言ってくれてよかった。表情に出さないようにほっとしているとふと、魔王と目が合った。あっと思うのもつかの間、二ッと、魔王の笑みが深くなる。あ、嫌な予感。
「ねぇ、お人形さんも参加してみる?」
「え?」
「は?」
「まじっスか。」
「グゥ?」
「な、なに言ってるんですか?そんな、人間なんか会議に連れてったら反感どころの騒ぎでは…。」
「ちょうどいいでしょ。まだ全員が全員お人形さんの存在を知ってるわけじゃないし、今のうちに知らせておくのも。反感なんて最初からないわけじゃないんだから今更一つ増えたところでどうってことないよ。」
「いやっ、ですがっ。」
「何か文句?」
「いや、あの…。っはぁ…。もう好きにしてください。会議に参加するならもう何でもいいです。」
「あ、折れた。」
「ということでお人形さんよろしくね。お人形さんも準備しておいで。」
「え。」
待って欲しい。私の意見は?私の意思は?私参加したいなんて一言も言ってないのに!!どうして急に会議に出席することになっているのだろう?私何もできないのに!それに準備って何?何の準備?
必死に頭で考えているとアルコルがふらふら、とした足取りでついてきてください、とだけ言って部屋を後にした。
「じゃ、僕も見るもん見たんで帰らせてもらうっスね。ミラ様がんば!!」
ポンッと軽く私の肩を叩いた後ご機嫌なのを隠す気もない足取りで出て行くサビクさん。ぽかん、としていればスッと頭上に影が下りてくる。
「あんまりアルコルを待たせると後からめんどくさくなっちゃうよ。それともお人形さん、ネグリジェ姿で会議に出るつもり?オレは構わないけど、ハンド達に怒られちゃいそうだね。」
くすくすと笑いながら私の髪先をくるくると指先で弄ぶ魔王。そもそも私は会議に出たいなんて一言も言ってないというのに!けれど、そんなことこの魔王に言ったって仕方がない。はぁ、とため息をついて重い腰を上げようとしたがそれを邪魔する黒いふわふわ。そうだ、カラスがいるんだった。
「えぇ…。」
「ミルザ、お人形さんが気に入ったの?」
「グゥ。」
魔王の問いにそうだとでもいうように鳴くカラス。ついさっきまで威嚇をしてきたのになぜ…。
「そっかぁ。でも、お人形さんもオレもこれから会議だからミルザは連れていけないよ。…。そんな不満そうにしなくても会議が終わったらたくさんお人形さんと遊べるよ。それまで君のやることは…わかるでしょ?」
そう言うとカラスは元気よく鳴いて、かつかつとバルコニーの方へ歩いていくと、そのまま大きな翼を広げて飛んで行ってしまった。勝手に遊ぶことにされてしまったが、正直嫌ではない。あのふわふわは好きだ。カラスが去った後、逃げるように外に出ると、アルコルがドアのそばで待っていた。私のことを確認すると歩き出す。
「一体なぜこんな面倒なことになったのやら私には到底理解できませんが、会議に出席されることには変わらないので良しとしましょう。人間が会議に出席なんて前代未聞ですよ全く。いいですかミラ様。会議では割とお偉い魔族達が出席されるのでくれぐれも邪魔をしないようにお願いします。魔王様がそばにいるので心配はないと思いますが死にたくないなら空気のように、いえ、空気になってください。貴女は何もしなくていいです。それこそ傀儡のように。」
「何もできないと思います…。」
「そうですけど…。取り敢えず、会議まで残り数刻…空気になれとは言いましたが見苦しい恰好では来ないでくださいね。」
最後にそう言われて到着したのは私の部屋、アルコルは手袋たちに何か指示を出した後、さっさと出て行ってしまった。残された私は手袋たちにあれよあれよという間に着替えさせられた。ふんわりとしたフリルとレースをふんだんに使った可愛げな薄桃色のドレス。胸元の大きなリボンと袖のフリルが可愛い。そのまま化粧台の前に座らせられて何が始まるんだろうと見ていればこれまた素早い手つきで私の髪を編み始める手袋たち。あっという間に目の前にはふわっとした四本の三つ編みが完成した。胸元まであった髪が肩でまとめられるのを見て器用だな、と感心する。手袋たちは得意げにハイタッチをした後、最後にほんのり桃色の何重にもレースが重なったヴェールを被せてきた。所々に小さな花や蝶の装飾が散りばめられている。綺麗だな、と思いつつも何故被せたのか分からない。
そのままとん、と部屋を追い出されて向かった先は食堂だった。既にテーブルにはパンがある。そして私の姿を見つけたトルとポルが走ってきた。
「わぁわぁ!ミラおねえちゃん綺麗!可愛い!」
「ボクとお揃い!ミラおねえちゃんボクとお揃い!可愛い!」
キャッキャッと嬉しそうに飛び跳ねて喜ぶ二人。こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったな。だからだろうか、少し恥ずかしい。
「ねぇねぇどうして?どうしてミラおねえちゃん今日はそんなに可愛いの?」
「どうして?どうして?ボクとお揃いにしてくれたの?可愛い可愛い!」
「えっとそれは…。か、会議に出ることになっちゃって…。」
「会議に!?わぁ!それは大変気を付けて!あのおじいちゃんたちすっごく厳しいよ!」
「あとねあとね、すっごく人間嫌い!ミラおねえちゃんが行ったらきっと怖い目合っちゃうよ!」
「う、うぅ。」
トルとポルまでそんなことを言う。本当になんで魔王は私を会議に連れてくなんて言ったんだろう。
「ミラおねえちゃん一人で行くの?」
「わぁ!無謀!そんなことするの?」
「えっと、魔王さんと、行くことになってるんだけど…。」
「なぁ~んだ!なら安心だね!魔王さまがいるなら安心安心!」
「そうだねそうだね!魔王さまなら安心!」
「そう、なの?」
「そうだよ!もしミラおねえちゃんに手を出そうなんてそんな頭がくり抜いたかぼちゃみたいにすっからかんな魔族がいたら魔王さまがちゃ~んと殺してくれるよ!安心だね!ねー、ポル!」
「そうそう!だから心配しないでね!魔王さまが絶対守ってくれるよ!ちゃ~んと頭潰してくれる!かぼちゃみたいにぐちゃっと!だって魔王さまが一番強いもん!そうだよねー、トル!」
「きゃははははは!」
互いに目を合わせて楽しそうに笑う双子たち。…。全然安心できなくなった。
「そうだそうだミラおねえちゃん!今日は冷えるからあったかいスープにしてみたよ!パンもできたてふわふわ!」
「食べて食べて!ヴェール邪魔だからボクが預かっておくよ!」
「うん。お願い。」
そのまま席について食べ始める。確かにあったかい…。ポカポカする。トルとポルが作る料理は全部美味しい。食べ終わって一息ついているとトルが机に茶色の液体が入ったコップを置いた。なんだろうこれ。初めて見る。
「ホットチョコレートだよミラおねえちゃん!すっごく美味しい!甘いやつ!」
「あ!いいなぁ!トル、ボクも欲しい!」
「だぁめ!これはミラおねえちゃんの!それにポルは今日飲んだ!」
「ちぇぇ。」
不貞腐れるポルを横目にそっと口をつけるとすぐに広がるチョコレートの味とあたたかさ。ほんのりと鼻先をかすめる甘い匂い…。美味しい。
「美味しい…。」
「でしょ!」
「ましゅまろ入れるともっとおいしいよ!トル持ってきてよ!」
「わかった~!」
「ましゅまろってなに?」
「白くてふわふわで、口に入れると溶けちゃう!」
「ふわふわ…美味しそうだね。楽しみ。」
「えへへ!きっとミラおねえちゃんも気に入るよ!」
ふわふわで口に入れると溶けちゃう。どんな食べ物なのかな…。少しソワソワしながら待っていると突然食堂の扉が開く。
「魔王さまだ!」
ぴゅんっとウサギのように魔王に近づくポル。それをひょいと受け止めて慣れた動作で横に流す魔王。見たところ魔王の服装がいつもより豪華な気がする。全身黒を基調とした服装でその黒とは対照的な持ち前のガラス色の髪と瞳が良く映えて、なんだか絵画の中からそのまま出てきたみたいだ。いつもは見かけない細かい装飾の宝石のブローチも彼の耳で艶めかしく揺れる青色の輝石もまるで魔王という作品の一部かと錯覚するほどには馴染んでいる。
「そんなに見られると穴が開きそう。そんなに気に入った?」
「え?ち、が…。ご、ごめんなさい。」
「魔王さまいつもより綺麗だもんね!ボク好き!魔王さまもご飯食べに来たの?」
「お人形さんを迎えに来ただけだよ。見たところ…食事は終わったみたいだね。連れてってもいい?」
「いいよ!いいよ!あっでもちょっと待って!」
「お待たせ!ミラおねえちゃん!わっ!魔王さま!!いつの間に来てたの!ポル呼んでよ!」
トテトテと小さい両手に袋を抱えて走ってきたトルは魔王を見るなり驚いた顔をして駆け寄ってきた。
「ミラおねえちゃん、はいこれ。あげる!」
「ありがとう。」
トルからラッピングされた可愛い小袋を受け取るとなんだかほんのり甘い匂いがする気がする。
「なぁにそれ?」
「ましゅまろ!ミラおねえちゃんにプレゼント!」
「きっと気に入るよ!」
「そうだね。さて、行こうか。おいでお人形さん。」
また軽々と持ち上げられてしまう。これまで何度も持ち上げられてきたせいでもはやこの状況に慣れてしまった自分がいる。
「じゃあね!魔王さま!ミラおねえちゃん!」
「ばいばい!頑張ってきて!」
笑顔で手を振ってくれる二人に手を振り返して食堂を後にした。会議室に向かう道中、何もすることもなくただ彼の耳元で光る宝石を見ているとその視線に気が付いた彼が小さく笑う声がした。
「これがそんなに気に入ったの?お人形さんにあげようか?」
「いらない。私が付けても似合わないよ。」
これは彼が付けるから似合う気がする。私にとってそれは身の丈に合わないもの。背伸びをして惨めに映るだけだ。
「そうかなぁ…お人形さん可愛いから似合うと思ったんだけど…。」
「え?」
可愛い?私の聞き間違いだろうか。まさかこの魔王からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「お人形さんの傷が治ったらお人形さんの気に入るものを見つけに行こうね。きっと似合うよ。」
ふふっとこちらを見て笑う魔王に戸惑いながらなんて返せばいいのか分からない。
「え、と…。」
なんだか胸のあたりがざわざわする。トルとポルに言われた時よりも恥ずかしい気がするのはどうしてだろう…。それにちょっと、顔が熱い…気がする。風邪をひいたのかもしれない。だとしたらまたサビクさんに怒られる。
初めての感覚に困惑しているといつの間にか到着したらしい。立派な扉の前に待ちくたびれたといった表情でアルコルが立っていた。
「待ちくたびれましたよ、魔王様。一名を除いて皆様がお待ちです。」
「お人形さんは何もしなくていいからね。双子からもらったマシュマロでも食べてて。」
「う、うん。」
ポルから受け取ったヴェールを私に被せて二コリ、といつもの顔で笑う魔王。それと同時にチラッと私を見たアルコルが「恰好だけは立派ですね。」と言ってつまらなそうに目をそらした。
「じゃ、行こうか。」
その声を合図にアルコルが扉に手を掛ける。開け放たれた扉の奥、突き刺さる無数の視線の中魔王と同じ目線で足を踏み入れた。
一瞬、桃色の花を抱えているのかと思った…




