食事
おいしい、それ以外の言葉をまだ知らない。
「何考えてたの?お人形さん。」
「!?」
「魔王様!?書類はどうなさったんですか?」
「もう終わったよ。だから迎えに来たの。」
その声と共に目を覆っていた魔王の手が退いて目の前が明るくなったかと思えば視界が高くなる。また持ち上げられた。
「空色のドレスだね。お人形さんは青が嫌い?それにその本…マキュリーのところに行ったの?本を貸してくれたってことはお人形さんは気に入られたんだね、よかった。じゃあ、食堂に行こうか。お人形さんお腹すいてるでしょ?」
「あ…。」
そういえば朝から何も食べてない。私お腹すいてるんだ。それに気づいた途端にきゅうぅぅとお腹が鳴る。
「ほらね。」
「…………。」
ばっちり聞かれてしまった…。恥ずかしい…。思わず本で顔を覆う。
「相変わらず仕事ができることで。はぁ、もっとこまめにして欲しいものです。」
「小言?やったから文句ないでしょ。それよりも早く食堂行くよ。」
「はいはい。ということなのでミラ様、温室はまた後程ご案内しますね。」
抱えられたまま進んでいく。温室には行けなくなってしまったけれどご飯も気になる。少なくとも硬いパンくずではないはずだ。しばらく進んでいると魔王がこちらを見ていることに気付く。
「ちゃんと手当はしてもらえたんだね。よかった。お人形さんの傷はすぐ治ると思うよ。ここのお医者さんは優秀だからね。それに今向かってる食堂では美味しいご飯いっぱい食べれるから楽しみにしておいて。」
この酷い傷が治る?それは確かに凄い。それに美味しいごはん…。どんなものだろう。硬くないパンだろうか。それとも村のみんなも食べていた野菜のスープ?塩かな?木の実かもしれない。美味しいもの…。一度だけ台所に忍び込んで食べたふかしたイモは熱くて美味しかった覚えがある。そのあと何度も叩かれたけど。
「お人形さんは何が好き?お肉?お魚?甘いもの?辛いもの?なんでもあるよ。」
わからない。肉も魚も甘味も辛いものも食べたことないから何が好きかわからないし何が嫌いかもわからない。
「ぜんぶ、食べたこと、ない。」
「それは大変だね。じゃあたくさん食べないと。お人形さんは軽いし細いから風が吹いたら飛んでっちゃうよ。大丈夫。毒なんか入ってないし人間の肉も多分使ってないから。」
多分…。その一言で一気に不安になる。私はいくらお腹がすいていても人間は食べたくない。何も言えないでいると到着したようで、魔王の足が少し大きな扉の前で止まる。アルコルが開けると同時に中から何かが勢いよく飛び出してきた。
「おそいおそいよ魔王さま!早く席について!」
「さめちゃうさめちゃう!あったかいのさめちゃうよ!」
「今日は何作ったの?」
「ひみつひみつ!おたのしみ!クローシュとるまでどきどきのわくわく!」
「おいしいものだよ!わくわくするね!クローシュとるまでわからない!」
ぴょんぴょんと魔王の周りを跳ねているのは二人の小さい子供の魔族だった。跳ねるたびにふわふわとした動物の毛のような髪がくすぐったそうに揺れている。片方が薄紫でもう片方が薄桃色だ。目の色も髪と同じで互いに左右の色が違う。頭にはウサギの耳のような形の角が二本ずつ生えていてふわふわしている。可愛い。
「あ!人間だ!本当に人間だ!魔王さまに抱っこされてる!ズルいズルい!」
「可愛い女の子の人間だけどおいしくなさそう!細い!でもいいな魔王さまの抱っこ!かわってかわって!」
この子たちはアルコルが言ってた人間を食べる魔族なのかな。とてもそうは思えないけど。
「双子!魔王様から離れなさい。邪魔ですよ!」
「うるさいうるさい」
「うるさいうるさい!」
「君たちオレとお人形さんにご飯作ってくれたんでしょ。早くしないとさめちゃうんじゃない?」
「あ!そうだった!さめちゃうごはん!だめ!はやく座って!こっちだよ!」
「さめるとおいしさへっちゃう!だめだめ!こっちこっち!」
紫の子が一足先に部屋の奥へ桃の子が魔王の服を引っ張て催促している。
「では、私は書類を確認してきますね。」
「うん、よろしく。」
アルコルがどこかへ行くと魔王が私を抱えたまま部屋に入っていく。食堂ということもあって大きなテーブルがあり椅子がそのテーブルを囲むようにして並べてあった。魔王はその一つに私を降ろすと反対側に座る。座ってすぐに2人がトレーを運んできた。私と魔王に前に一つずつ置かれる。
「魔王さま!じゅんびはいい?」
「人間!じゅんびいい?」
「「召し上がれ!」」
かぽっと銀色の蓋が取れて現れたのはほかほかの湯気が出ているオレンジ色をしたスープだった。いい匂いがする。
「クリエかぼちゃのスープだよ!あったかなめらか!やさしいあじ!」
「食べたらぽかぽかしてくるよ!体が弱い人間でも食べられる!」
「かぼちゃ…。」
「人間かぼちゃ好き?あまいよ!たべてたべて!」
「おいしいよ!ほんとだよ!魔王さまのお墨付き!」
「う…ん。」
恐る恐るトレーの横に置かれている銀色のスプーンを手に持つ。食器は洗うだけで使ったことがないから使い方があっているのかわからないけどくぼんでいるところに入るようにスープを掬う。オレンジ色の液体が一口分入ったのを見てこぼさないように、そーっとそーっと口へ運んだ。ぱくっと思いっきり食べてみる。
「!!!」
驚いた!口に入れた瞬間広がるあたたかさにあまさ。甘いとはこういう味なんだ!それになんだろう。パンくずみたいにぱさぱさしてないし、水みたいに喉が冷えない!土の味もしないしイモみたいに喉に詰まらない。食べたらすぐに口の中で溶けてしまうけどほんのりと残る甘さがとても心地よかった。凄い凄い!美味しい!おいしい!!
まさに無我夢中で手を動かしているとオレンジ色でたっぷりだったお皿の底が見えてきて気が付いたらなくなってしまった。なんだかお腹があったかくなった気がする。
「わぁ!人間あっという間!いいねいいね!食べっぷり!」
「うれしいな!うれしいな!おいしかった?」
「美味しかった。凄く…。私パンくずとイモしか食べたことないからこんな美味しいもの初めて食べた。凄い。あったかくて…。」
そう言うと双子の魔族はぽかんという表情をした後に凄く驚いた顔をした。
「え゛ええええぇぇぇ!?!?うそでしょ!?うそでしょ人間!!パンとイモ!?しかもパンくず!?」
「飢えちゃう!死んじゃうよ!お腹すいて死んじゃう!だめ!そんなこと絶対に許さない!」
「二品目いますぐ持ってこなくちゃ!」
「足りないよ!足りない!!」
「足りないなら作るから大丈夫!」
「作ってる間に死んじゃうよ!!」
「確かに確かに!どうしようどうしよう!」
わたわたと焦り始める双子たち。そんなこと言ったってすぐには死なない。ずっと土くれのついた硬いパンくずと水で生きてきたから飢えることには慣れている。
「私はだいじょ…。」
「魔王さままだ口付けてない!!」
「魔王さまちょっと貸して!!」
「あ…。」
双子の一人が魔王のお皿を横から奪い、私の前に置く。なんてことを…。そんなことして良いのだろうか…。チラッと魔王を見るが特に怒っているような様子はない。
「人間!持ってくるまでこっち食べてて!すぐ作ってくるからね!」
「大丈夫!たくさん作ってくるよ!待ってて待ってて!魔王さまは我慢!!」
「楽しみにしてたのになぁ…。」
「我慢だからね!」
「人間のとっちゃだめだよ!」
釘を刺した後に双子たちは本当に早く厨房らしき扉に向かって走って行ってしまった。残されたのは私と魔王。これ、本当に食べていいのかな?あまりにも気まずくなって再びチラリと魔王を見ると魔王もこちらをじっと見ていた。いつもの笑顔で。
「食べないの?残すとあの子たち怒るよ?」
「食べて…いいの?」
「もうそれはお人形さんのだからね。これ以上さめる前に食べて。オレは大丈夫。」
「じゃあ…いただき…ます。」
「…………。」
遠慮がちに食べ始めるお人形さんを観察する。細い、軽いとは思っていたがまさかこれまでに食べていたのがパンとイモだけだとは思わなかった。そんな生活をしていれば傷の治りも遅いうえ、最悪衰弱死してしまう。本当によく生きていたものだ。逆になぜ生きていたのか。オレの知っている人間なら死んでいる可能性のほうが高い。人間ではない?いいや、そんなはずはない。いくら物珍しい髪の色や目の色を持っていてもこの子は人間だ。魔族の象徴である角は見当たらないし、折れた形跡もない。まず、魔族が持つ気配とは大きく異なっている。ならば、妖精族の可能性は?いや、羽がないことは確認済みだし羽が毟られたわけでもなさそう。それに妖精族にしては身に纏う魔力の流れが乱れている。獣人族の特徴もない。やはりお人形さんは人間だ。混血の可能性もなくはないが…。だとしたら何の混血だろうか。獣人…。体が頑丈なのはあの獣たちの特徴ではある。しかし、仮にそうだとして…あの村にいる理由がない。獣人のいる国とは遠すぎている。それにこちらへ連れてくるときにラケルが何も反応していなかった。あのドラゴンは獣人の獣臭さが嫌いだからもしそうだとしたら何かしら反応はする。それがたとえ混血で血が薄まっていたとしても。.........。ただ単に運がよかっただけか……なんにせよ人間だろう。そうでないと困る。オレは人間が育む愛に興味があるのであって獣人や妖精のような獣、虫には興味がない。獣や虫の観察などこの国でもできる。
「やっぱりおいしい…。」
「それはよかった。…お人形さんは人間以外の種族にあったことはある?」
「あなたたち。」
「だよねぇ。…。」
うーん。と何かを考えるように私を見て目を細める魔王。どうしたんだろう。やっぱり魔王のご飯食べちゃったのはいけなかったかな?気まずさに耐えられず顔をそらすとバンっと厨房の扉が開いてたくさんのお皿を乗せた大きな台車を持ってきた。
「おまたせおまたせ!人間死んでない?」
「死んでない死んでない!よかったよかった!」
置かれたのは手のひらよりも少し大きな肉の塊だった。ソースがかかっていて周りには野菜が添えられている。そして何よりとてもいいにおいがする!口の中が妙に湿っぽくなって…見てるだけでお腹がすいてくる。今すぐにでも食べたい。
けれど、私には一つ不安がある。これは何の肉かということ。もし、万が一にこれが人間の肉だった場合…考えたくもない。
「どうしたの?人間?食べないの?どうして?どうして?」
「ステーキは嫌い?嫌いなの?」
「お人形さん、これは人間の肉じゃないよ。」
「あ!共食いの心配してたの!だいじょうぶだじょうぶ!」
「これはヴォブっていう家畜魔獣の肉!人間の国で言う牛だね!」
「そう、なんだ。」
初めて聞く名前だ。それもそうだろう。牛ぐらいの大きさの魔獣なんてすぐに殺されてしまう。ネズミや小鳥とはわけが違うのだから。とにかく人間ではなくてよかった。
安心して食べようとしたところでまた一つの問題に直面する。食べ方がわからない。見たところナイフとフォークを使うようだがフォークはともかくナイフの使い方がわからない。ど、どう切ればいいのだろう?そもそも私の力で切れるのだろうか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。時間がたてばたつほど口の中が湿っぽくなってくる。流石に齧り付くわけにはいかない。これは…生殺しだ。今日何度目かわからないが魔王のほうを見る。魔王は音もたてず、器用に一口サイズに切って口に運んでいた。その時初めて気が付いたのだがこの魔王も歯がギザギザしている。うぅ…美味しそう…。
羨ましそうに見ているとふと魔王と目が合った。慌てて目をそらす。
「…………。お人形さん…どうしたn…あぁ、なるほど。ごめんね、そこまで気が回らなかった。」
何かを察したようでこちらへ向かってくる魔王。スッと私の後ろに立った。同時に頭上が暗くなる。
「なに?なに?どうしたの?」
「やっぱりステーキ嫌い?」
「カトラリー貸してね。それと、髪おさえてくれると嬉しいな。今髪留め持ってないから。」
私のナイフとフォークを手に取り少し前かがみで肉を切り始めた。その際、魔王の長い髪がさらり、と落ちてきたので慌てて料理に入らないようにおさえる。まるでカーテンみたいだ。それに私と同じ真っ白かと思ってたけど少しだけ青みがかっている。青白いという言葉がぴったり当てはまるような。綺麗…私もそんな色だったらよかったのに。しかも全然傷んでない。こんなに長くて砂のようにサラサラしてる髪は初めて見た。凄く高い油を髪に塗っていた村長の奥さんだってこんなに綺麗にはなってなかった気がする。
「はい。切り終わったよ。」
「あ。あり、がとう。」
本当にあっという間に一口サイズに切ってくれた。私が目を離してる隙に。そのままフォークとナイフを私に手渡して元居た席へと戻る。あれ?私今小さい子供みたいじゃない?…と、とにかく食べてみよう。せっかく切って貰ったんだから。…ぱくり、一切れ食べてみる。
「!!!ん!!!」
おいしい!柔らかくて噛んだら噛んだ分だけ口いっぱいに味が広がっていく。これがお肉!すごい!パンやイモとは比べ物にならない。ソースもおいしい!村のみんなが記念日に食べていたのを横目で見るだけだったけどこんな美味しかったんだ!ずっと味わっていたかったけどすぐに飲み込んでしまった。でもまだある!ソースのかかった野菜もおいしい!何の野菜なんだろう?わからないけどおいしいことだけはわかる!手が止まらない!
もぐもぐ、もぐもぐ必死になって口を動かし、次々に食べていると一足先に食べ終わったらしい魔王と目が合った。本当によく目が合う。
「美味しそうに食べるね。切った甲斐があったよ。」
「…………。」
なんだかだんだんと恥ずかしくなってきた…食べ物を切ってもらうなんて年じゃないというのに。しかも魔王に…こんな経験したことある人間なんて後にも先にも私しかいないと思う。
「ごめんね人間!ナイフの使い方わからないのに!」
「今度から切ってから出すね!あとボクたちが教えてあげる!」
「ん!ありがと、う。えっと…。」
「ボクはトル!お兄ちゃん!」
「ボクはポルだよ!人間は?」
「私はミラ。」
薄紫の髪をした子がトルで薄桃色の子がポルという名前らしい。二人とも薄桃色の片方の目だけ十字のような形の瞳孔をしている。魔族はみんな個性的だ。私も魔族に生まれていたのならこんな見た目でも虐げられなかったのかもしれない。
「ミラ!ミラおねえちゃん!よろしく!よろしく!いっぱい食べて!」
「よろしくミラおねえちゃん!まだまだあるよ!たくさん食べてね!」
「うん…!」
その後も立て続けに出てくる料理を食べた。お腹が苦しくなるまで。どれもみんな美味しくて体がぽかぽかしてくる。不思議に思ったのが、なんだか胸のあたりまでぽかぽかしてきたことで嫌な気持ちはしなかった。それどころかホッとする。お腹いっぱい食べるとこんな気持ちになるんだ。食べ終わるとトルとポルが食器を片付けに厨房に戻ってしまう。私が生きてる間にこんな美味しいものが食べられるなんていまだに信じられない。都合のいい夢じゃないといいけれど。
先ほど食べた料理の味を思い出していると目の前の魔王がこちらに来てまた私を持ち上げる。
「そろそろ戻ろうかお人形さん。本も読みたいでしょ?」
「私、歩ける…。」
「傷が完全に治ったらね。」
「うぅ…。」
私の言い分を無視して魔王は歩き出す。正直この移動方法は好きじゃない。まるで小さな子供のようで恥ずかしくなるから。なにより魔王の腕の中と言うとんでもないシチュエーションだ。気が気ではない。最初こそこの腕の中で寝てしまったがあれは疲れてたからだ。でなければおかしい。
移動途中、私の部屋が三階ということもあってまた長い階段を上るのかと思えばそうではなかった。魔王は窓を開けて外に向かってピュイッと短い口笛を吹くと少ししてクルルル........。という鳴き声と共に私を乗せていたあのドラゴンが顔を覗かせる。
「っ…。」
やっぱり怖い。大きい体に細い瞳孔から放たれる鋭い目線。チラつく牙…。私は本当にこれに乗っていたのか。考えるだけで心臓が止まりそうだ。それほどまでに圧倒的な存在。
「上まで運んで。」
魔王がそう言うとわかったとでもいうように目を細めるドラゴン。私を抱えたままドラゴンの頭に乗るとドラゴンはひょいっと三階のバルコニーまで首をもたげた。そのままバルコニーに着地する。
「ありがとう、ラケル。」
ラケルと呼ばれたドラゴンはまた嬉しそうにひと鳴きする。バルコニーの扉を開けると手袋たちが一礼の仕草をしたのち出迎えてくれた。魔王は私を床に降ろすとドラゴンのほうへ戻っていく。
「あとは君たちに任せるよ。お人形さん、バルコニーにカラスが来ても扉は明けちゃだめだよ。」
私が頷いたのを見て魔王は満足そうに笑みを深めた後来た時と同じように下へ降りて行ってしまった。残された私は楽しみにしていた本を読むことにする。五冊の本はどれもこの世界の基礎的なことが書いてあるらしい。子供が学び舎で習うような基礎的なこと。私はそれさえも知らないけれど。今から知れると思うとなんだかソワソワしてきた。不快感のないソワソワ。これがマキュリーさんの言っていた好奇心?だろうか?早く読みたい。化粧台の椅子に座り一冊目の本を広げた。
まだ軽かったなぁ…




