5 エントリーサイン
机の上に何気に置かれていた、いや、あいつの言葉を借りるなら、俺にゲートを潜らせようと追っかけてきた『始まりを待つ物語』、てな訳か?
と言いつつ、つい手が伸びてしまう。
この手に伝わってくるずっしりとした重厚感。
硬く覆われた表紙。
なかなか味わえない類の書籍ではないか?
表紙をめくると、そこに戒律があるよね。
そうこれ。
この六つの戒律だった。
一 この物語を完成させる事以外に最優先事項を作ってはならない。
この禁止事項が意味することは何か?
完成が必須? 完成しなければ、なんらかの重いペナルティが課せられる?
いや、命を奪われるかもしれん。
覚悟なしではゲートは潜れないな。
二 物語の達成期日は280日を超えてはならない。
280日以内?
これまた何?
……分からん。
三 いかなる力にも屈してはならない。
これは分かる。
行く手を阻む者がいても、己を信じて前に進め、だな。
四 封印されし五つの力の内、三つの力を解放しなければならない。
少なくとも、三つの封印された力がなければ、物語が完成しないと言っているんだな。
五 魔の力を取り込んではならない。
魔の力?
斬魔刀は魔を斬る……か。
そこには悪魔がいるんだな。
なら斬魔刀は未知数だが持参だ。
六 物語の結末に抗ってはならない。
物語が完成した時、その結末を受け入れなければ、これもまた命が危くなるのか?
おっかないな。
がしかし、なんだ?
このワクワクする気持ちは……
怖い感じがビンビンと伝わってくるけど、このまま飛び込まねば、あの時と同じように後悔してしまう。
よし、逃げはなしだ。
この物語との契約一択だ!
破虎はボールペンを握り、署名欄にサインした。
契約完了だ!
さあ、どうなる?
あれ?
ページは、めくれない?
けど……本が……開くぞ!
パカッ!
これ、本じゃなくて箱なの?
ええ?
いったい何が入っているのさ?
ん? スマホ?
いや違う、脱着できるスマホの腕時計?
なんかこれって……
このリストバンドをはめたら、もう外れないとか?
期日までにやり切らないとスマホが爆発するとか?
そんな奴か?
ヤバ。
ちょい、なんか書いてあるぞ。
「この物語に署名した者は必ず、エントリーブレスと呼ばれるリストバンドを腕に装着すること。そして契約者にのみ反応するスーパーマジックフォームと呼ばれるスマホに似た形の、略してスマホのメニューボタンから必要な機能を利用する。取扱いについてはヘルプ機能を利用すること」
ふん。
この時代にしてボタンが押しボタンとは古めかしい。
押してしまえ、ポチッ。
……オーッ、押しボタンの先は、いきなりこれか!
タッチレスデジタルサイネージとは驚き!
エントリーパッドからモニターが空中に浮き上がっているぞ。
技術の落差があり過ぎじゃありませんか?
まあ、それは置いといて、メニューを一通り確認と言うことで。
ヘルプメニューでっと、この都合良く用意されている「旅立ちの準備」ボタンをタッチしてっと。
えっと、何々、準備するものは……と、モニターで確認っと。
このスマホに、必要なものを保管出来るんだ?
えー、でも、どうやって?
スマホをエントリーブレスにはめた側の手で保管したい物を触りながら、スマホの右側面に付いている「IN」と表示されたボタンを押せば、スマホを媒体として保管できるのか?
カラクリ不明だ。
がしかし、やってみるか!
流石に暗闇の道場は、なんか気味わるいな。
確か、ここを叩くと
「えい! ……あれ?」
「もう一丁、エイ!」
「パカッ」
出てきましたよ。三振りの斬魔刀。
この風撃と雷撃、さっき柄を握った時に、手に吸い付き痺れるような感じだったが……あの感覚があると思うと握るのを躊躇うな。
何かに取り憑かれたような気持ちちになるからな。
とは言え、この先、強い味方になってくれると思うと、手にしない訳にはいかんな。
まずは風撃。スマホを左手にはめた方の手で斬魔刀を握る。
そしてスマホの右側のボタンを押して見るよ。
「えい!」
「ブルブルブル……シューッスパッ!」
「おおっ、消えた!」
これで保管されたんだよな?
じゃ、残り二振りもっと……
あと必要なものってなんだろう?
まあ、部屋にある物をひと通り持って行きますか?