96 冗談なんだが
時刻は午後2時。
文化祭ももうすぐ終わりを迎えそうな頃に、優と有咲はある人物と待ち合わせをしている。
校庭にある池の近くで少し雑談していると、その人物は早足でやってきた。
「お待たせ〜。ごめんなさい。いつもより手こずってしまって」
「ったく…タイムセールの争奪戦は得意分野じゃなかったのか?」
「うう…今日は足の調子が悪かったのよぉ…」
優は奈々に少し呆れた表情を向けると、奈々はわざとらしく泣きながらそう答えた。
そんな奈々の冗談に気づかず、有咲は心配そうに両手を添えている。
「大丈夫ですか?無理しなくていいんですよ?そこに座りましょうか」
「いやいや、これ冗談だから」
「お兄さん。お母さんがこんなに苦しそうにしているのに冗談とはあまりよくない発言ですよ」
「あ、はいすいません」
冷静にツッコミを入れると、有咲から真剣なお叱りを受け、身体を小さくする。
そんな兄妹の姿を見て奈々はいつもより強めに笑っている。
「…え?お母さん?なぜ笑っているのですか?」
本気で理解していない有咲に奈々は笑いながら答える。
「冗談よ冗談。心配して欲しくて嘘吐いちゃったわ」
てへっ⭐︎といった感じで軽く舌を出している奈々に、2人は軽蔑の目を向ける。
そうすると奈々は焦りながら早口で弁明を試みる。
「本当にごめんなさい。本気で心配してもらえるとは思ってなかったの。実は体重が増えていつものような動きが出来てなかっただけなの」
突然の太った報告に、2人はどう反応していいか困る。
有咲と目が合い、優は目で有咲と会話する。
(どうする?これは触れない方がいいのか?)
(いえ、これは触れた方がいいでしょう。さりげなくダイエットに誘うのが最善策かと)
優は軽く頷いた後、奈々の方に視線をやる。
「まぁ体重が増えたなら仕方ないか…。ところで母さん、俺明日から朝に有酸素運動をしようと思ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
「え?いいの?私と一緒にだなんて優の運動にならないわよ?」
「いや、なんか1人は楽しくなさそうだからさ、一緒に来て欲しいんだ」
「優…」
奈々は嬉しさを交えた泣き顔で手を握ってくる。
「よろしくお願いします!」
そのまま奈々は頭を下げ、大きな声でお願いしてくる。
それを快く承諾し、この話は解決した。
3人はあまり時間がないことを思い出し、急いで校内を回っていく。
校内を案内しながら進んでいると、奈々がハッと何かを思い出して足を止める。
「そういえば七海ちゃんはどこにいるのかしら?」
「ん?七海なら教室にいると思うけど…何か用?」
「七海ちゃんのメイド服姿を見てみたいのよ〜」
「ふーん。ま、まだメイド服着てるかは分かんないけど。とりあえず行くか」
優は2人を連れて自分のクラスに向かう。
もうすぐ閉店ということもあり、客足はかなり減っていて、3人は列に並ぶことなく入店することができた。
席に案内され、注文する品を決め、奈々がメイドさんを呼んだ。
すると近くにいた店員さんが教室から出て何かを探しに行った。
それからほんの10秒がたった時に物凄いスピードで一際綺麗なメイドさんが現れた。
「ご注文はいかがなさいますか…えっ⁉︎」
「あ!七海ちゃん!」
優と有咲が来店してきたと聞いて急いで飛んで来ると、そこにはもう1人居て、七海は驚いて目を見開いてしまっている。
そんな七海の表情を気にせず奈々はパシャパシャと写真を撮っている。
「あ、母さん写真は…」
「そうなの?お金払ってもダメ?」
「いやダメだろ。露骨に買収しようとすん__」
「いいよ。奈々さんなら大丈夫だよ」
「やったー!」
奈々は大きく飛び上がり、再び写真撮影を始めた。
その姿を(何やってんだこの人)と思いながら見つめ、優は陰ながら少し笑ってしまった。




