94 家族ではないんだが
文化祭の2日目の朝、優は昨日と同様ささっと支度を済ませ、有咲を連れて家を出る。
そこには当然かのように七海が待っていて、3人は挨拶を交わしてから出発した。
右隣の有咲はとても機嫌が良く、いつもより足取りが軽やかである。
「どうしたの?ご機嫌だね」
「はい!今日はとても楽しみなので」
「何かあったっけ?」
「実は…」
有咲はじっと溜めてから解放するように少し大きな声を出す。
「今日はお兄さんと回るのです」
「…は?」
「ね、お兄さん」
「まぁ…そうだな…」
実は昨晩有咲と文化祭でともに回ることを約束していた。
本日は七海と休憩時間が被らないため、有咲と回っても大丈夫だろうと思っていた。
だが、甘かったようだ。
七海の目から光沢は消え、相当恐ろしい目を向けてきている。
優はそれを見て冷や汗をかき、弁明しようとするが、それは有咲が喋り出した事によって妨害される。
「昨日は七海さんと回られたのでしょう?なら今日は私でも問題ありませんよね?」
(いや喧嘩売るなよぉ⁉︎)
いつもより喧嘩腰な有咲に心の中でツッコミを入れながら優は今にも早口で怒ってきそうな七海との間に入る。
「よし、2人とも仲良くしような。1日目は七海で2日目は有咲。それで平等だろ?」
そう言って何とか七海の気持ちを抑えることができたと思っていたが、そんなことはなかったようで、七海は結局早口で怒ってくる。
「それは別にいいんだよ?私だって平和に行きたいし。でもさ、それを黙って約束してたのが許せないの。何で私に黙ってたの?って」
七海は早口は少しずつ加速しながら続く。
「私に言えないことなの?浮気なの?目移りしちゃったの?私のどこがダメだったの?」
怒涛の質問攻めに困惑しながらも優は思考を巡らせ、何とかなだめようと試みる。
「七海にダメなところなんてないよ。だから目移りとか浮気とか、そういうんじゃないんだ。ただ俺は家族とも回りたくて有咲と約束した。言ってなかったのは単純に忘れてただけなんだ。ごめんな」
無理やり作った笑顔を浮かべながらそう言うと、七海は正気を取り戻し、顔を赤くしながら優を見る。
「そう…なんだ。そうだよね。私の早とちりだったみたい。ごめんね」
七海は軽く頭を下げ、謝罪してくる。
流石にそこまでしなくていいので優はすぐに頭を上げさせ、そのままの調子で歩みを進めて行く。
このまま何事もなく学校に着けばいい。
そう思っていた時に、隣で少し小さくなっている七海が顔を赤くしながらボソボソと呟く。
「(私も家族じゃないの…?)」
かなり小さめの声だったので有咲には聞こえておらず、優だけがギリギリ聞き取ることができた。
本来誰にも聞こえていて欲しくないであろう言葉を聞き、優は心を乱す。
(いや家族ってつまり夫婦とかそういう話⁉︎何言っちゃってんのこの人⁉︎有咲に聞こえてたらヤバいって⁉︎)
幸い有咲にはバレていないのでセーフだ。
いや、セーフではないか?
優には聞き取られているわけだし。
七海はそんな事にも気づかずに下を向きながら歩いている。
気づけばいつもよりも七海との距離感が近くなっている。
いつも相当近いが、今日はそれよりも近い。
何よりヤバいのが、多分無自覚でやっている事だ。
顔を赤くして下を向いて歩いていて、心ここに在らずといった感じの雰囲気を醸し出しているため、おそらく今の状況を把握していない。
そんな風に無自覚のまま近くにいると、当然反対から恐ろしいほどの対抗の目を向けられる。
有咲は黙ったまま優の腕にしがみつき、これは私の獲物だと言わんばかりに力強く身体を押し付けてくる。
それに対して優はこんな事を思う。
(今晩はハンバーグが食べたいな…)
遠い目をしながらこれから起こりうる喧嘩から目を逸らし、そのまま現実逃避をした。




