86 悪くなくないんだが
2学期最初のイベントの体育祭が終わり、気づけば中間テストが近づいていた。
誰しもが時間の流れの速さに驚きながらも、優の所属する1年2組ではある話し合いがされていた。
「じゃあ文化祭の出し物の案がある人〜」
11月の上旬に控える文化祭の出し物を決めるべく、柊太が前で案を募っている。
それに多くのクラスメイトが手を挙げて案を出し、その中から多数決で出し物を決めていく。
「えーっと…2組の出し物は…」
柊太が歯切れが悪そうに1番票の多い物に指を刺す。
「メイド喫茶…です…」
相当頬を引き攣らせている柊太の発言によってクラスの半数から雄叫びが上がる。
だが当然半数からは罵詈雑言を浴びせられている。
(これ…大丈夫なのか…?)
完全に分断してしまったクラスの状況を見て優がそう考えていると、次第に男女間の闘いはヒートアップして行き、そろそろ悪口じゃ済まないレベルの言葉も飛んでいっている。
その状況を止めるべく、クラスの中心人物の璃々が前に出て大きな声で話す。
「せっかくみんなで決めたことなんだし、協力して頑張ろうよ!みんなで楽しい文化祭にしようよ!」
そのあまりにも眩しすぎる笑顔によって全員が心を落ち着かせていく。
だがある生徒は心が鎮まっておらず、少し怒った目で璃々を睨む。
「それは紗倉さんがやりたいだけでしょ?男子に可愛いって思ってもらいたくて何か仕込んだんでしょ?本当にあなたは汚いわね」
よく分からないとばっちりに璃々は一瞬困惑するが、すぐに気を持ち直し、その生徒に真剣な眼差しで回答する。
「そんなことないよ。私はみんなで楽しい文化祭にしたいだけだよ。今回の結果だってこのクラスの多くの人が楽しめると思った物に決まった訳だから、それに協力しない手はないと思ったの」
璃々は胸に手を当てながら続ける。
「何人かは納得のいかない結果だったかもしれないけど、そういう人にも是非協力してほしい。私はメイド喫茶に関してはあまりよく知らないけど、多分裏方の仕事とかもあると思うから」
そこで璃々の表情は笑顔に変わり、優しい声で全員に語りかける。
「だからね、みんなで作ろうよ。楽しい文化祭を。少なくとも、私はそう思ってるよ」
そう言った瞬間、クラスの半数が大きな拍手をしながら璃々を讃える。
そしてもう半数は控えめながらも璃々に拍手を送っていて、璃々はこの時にクラスは1つになれた気がした。
このようにして1年2組の出し物は決まり、男子は裏で相当喜んだとか。
無事に学校を終え、優は帰路に着く。
1年4組の有咲と合流し、七海を含む3人で家に帰っていると、七海から声をかけられる。
「優くん…その…私のメイド服…見たい…?」
突然隣からとんでもない言葉が飛んできて、優と有咲は驚きのあまり身体を揺らしてしまう。
「えっと…それはどういう意味でしょうか?」
優のクラスの出し物を知らない有咲が笑顔で七海に問いかけている。
それに七海は少し頬を赤らめながら答える。
「えっと…私たちのクラス、文化祭でメイド喫茶する事になったの」
七海がそう言うと有咲はポカンとした顔になり、一瞬固まってしまう。
その直後何とか意識を取り戻し、有咲は少し汗を垂らしながら話す。
「それってつまり…お兄さんのメイド姿が見れるということですか?」
「…は?」
突然言い出した変な言葉に優はガチトーンで反応してしまう。
そんな優とは相反して七海は冷静そうな顔で優を見ている。
「(…悪くないね…)」
(いや何が⁉︎)
七海の口から漏れた心の声に優は呆れながら家を目指す。




