84 意外な一面なんだが
楽しかった水族館を出て、4人はそのまま昼食をとってから少しドライブをしている。
車内ではちょっとしたカラオケ大会が始まっていて、今は有咲と奈々が2人で歌っている。
「「♩〜♪〜」」
身体を揺らしてリズムを刻む2人を見て優は心が洗われるような感覚になる。
「あ〜やっぱりこの曲いいわね〜」
「そうですね。歌っててとても楽しいです」
曲は終了し、2人は笑顔でこの曲について語っている。
そんな中、運転中の優希も楽しそうな笑顔を浮かべながら2人の輪の中に入っていく。
「お疲れさん。有咲は前より上手くなったな。子供の成長は早いもんだな」
「そうですか?あまり自覚はないのですが…」
有咲は優希の発言に疑問を抱いていると、隣にいる奈々からもお褒めの言葉をいただき、自分が成長していることを自覚する。
有咲がにんまりと笑顔を浮かべながら喜んでいると、助手席にいる奈々からマイクを渡すような素振りをして次を託される。
「じゃあ次は優ね。よろしく」
「え?いや、やめとくよ」
「照れなくていいのよ〜。みんな優の歌声が聞きたいんだし」
「そうです。私、お兄さんの歌声聞きたいです」
「俺も聞きたいなー」
この場にいる全員が優の歌声を聞きたいらしく、期待の目を向けられている。
それに負けた優はため息をつきながらも曲を選んで流し始める。
伴奏の時点で向けられる期待の視線に若干汗を垂らすが、気にしないようにして歌に集中する。
歌い出した途端、車内ではまるで広大な大地かのような景色が見えてくる。
多くの緑に囲まれているかのような感覚に襲われ、この場にいる全員が衝撃を受ける。
何度も聞いた歌声だが、いつ聞いても驚かされる。
1番近くにいる有咲は目を見開いたままぼーっと優の歌声に集中する。
(お兄さんの歌…何度聞いても素晴らしいです…)
心の中で宗教かのように跪いて手を合わせて優を称える。
そんな事をずっとしていると、いつのまにか一曲が終わっていて有咲は少しガクンとする。
なぜか頭を下げている有咲に疑問の目を向けるが、気にするほどの事ではなさそうなのでさっと目を前にやる。
助手席を見てみると、奈々が涙を流していて優は呆れた表情を向ける。
「何で泣いてんの?」
「だって…優の歌がすごくて…」
「いや歌が上手くても泣きはしないだろ」
「いえ、お兄さんの歌には人を感動させる力がありますね」
「間違いない」
頷きながら称賛してくる家族に理解不能といった感情を持つが、それは口には出さず、代わりに別の言葉をだす。
「で、父さんは歌わないのか?」
そう言いながら優希の方を見てみると、一瞬ピクンと震えた後、冷静を装った感じで口を開く。
「運転中だから辞めておこうかなぁ…」
死んだ目で前を見ている優希に全員が苦笑いをする。
「お父さん、何でもできるけど歌だけは苦手なんですよね?」
「そうなのよ〜。昔から歌だけはね〜」
周りから滅茶苦茶バカにされているが、優希は全く感情が動いておらず、まさに心ここに在らずといった感じである。
それをいい事に奈々は少し顔を赤くしながら昔話を始める。
「5回目ぐらいのデートで行ったカラオケではね、途中から喋らなくなっちゃったのよ〜。恥ずかしすぎて死ぬって言ってたわね〜」
「へー」
「お父さんにそういう一面が…」
「ん⁉︎今何の話してんの⁉︎」
ここでようやく心が現実に帰ってきた優希は、息子達の言葉を聞いて衝撃を受けて後ろを見ようとする。
「あ、だめよ〜ちゃんと運転に集中しないと」
顔を横に向けかけたところで奈々に止められ、心のモヤモヤが抜けぬまま運転をする事になった。




