74 複雑なんだが
借り物競走は無事終了し、優は自分の座席に戻る。
「あ、お疲れ様」
隣の席の七海がこちらに気づいたらしく、笑顔で労ってくる。
「優くん、カッコよかったよ」
借り物競走にかっこいいも何もないが、とりあえず感謝しておき、姿勢を崩してリラックスする。
少し目を瞑って涼んでいると、優は男子生徒に囲まれてしまう。
目を開いた時には既に囲い込まれていて、優は困惑を隠しきれなくなる。
「えーっと…どうかしました?」
本気で何も理解していない優は、周りの生徒に質問してみる。
するとその生徒達は目の色を変えて優に半ば八つ当たりのような態度で迫る。
「お前!あの人は誰だ!」
「え?あの人…?」
「さっき借りてきてたあの可愛い人だよ!」
「くそっ…!桜庭さんと幼馴染で如月さんとは血が繋がっていて…それだけでも羨ましいのに!」
(隣に七海いるんだけど…)
優はマズいと思い、七海の方を見てみる。
案の定全く笑えていない笑顔を浮かべていて、優は冷や汗をかく。
(どうすればいいんだ⁉︎)
優は色々考えるが、黙っていると周りの人達が怒ってきそうなので早めに返答する。
「え、えっと…あれは実の母ですよ…」
「そんな嘘つくな!あれが2児の母だなんて無理があるぞ!」
「お前まさかそういう…」
「ずるいぞ!そんなの認めないぞ!」
(本当のことなんだけどなぁ…)
全く信じてもらえない事に少し不快感を感じながらも、優は弁明を続けようとする。
「いや…本当に__」
「はい!みなさんそこでやめましょう!如月くん、困ってますよ」
ここでクラスメイトの璃々が手を叩いてこの場にいる全員を制圧した。
「彼女は本当に如月くんの母ですよ。ね?七海ちゃん?」
「…うん…」
急に話を振られ、七海はぎこちなく頷く。
それを見た生徒達は喜びながら落胆して、一体何を考えているのかがわからない状態になっている。
「(とりあえずあの可愛い人があいつの恋人とかじゃないところまでは良かった)」
「(だが問題は、すでに想い人がいるということだ…)」
近くにいた男子生徒がゴニョゴニョと何か言っているが、聞かないようにする。
他の生徒も少し不満そうな顔をしながら去っていった。
「ありがとう。佐倉さん」
「ううん、大したことじゃないよ」
「いや、助かったよ。ありがとう」
璃々は何度拒否しても礼をしてくる優に驚きながら七海の方を見る。
(これだけ優しいなら七海ちゃんが惚れちゃうのも納得だね)
璃々は心の中で優の事を高く評価する。
(髪を少し整えただけでこれだけカッコよくなるし…これは…人気でちゃうかもね)
何があっても七海の恋を応援する事を心に誓い、璃々は笑顔で優と話す。
「そういえば…如月くんのお母さんすごく綺麗だよね。羨ましいなぁ」
突然璃々に母を褒められて、優は反応に困る。
「えっと…ありがとう…?」
「ふふっ…なんで疑問形なの?」
さっきまで複雑そうな顔をしていた七海が笑顔を浮かべながら話に入ってくる。
その事に一瞬驚きながらも、優は話を続ける。
「いや、親が綺麗とか言われても何て答えたら良いかわかんないから…ね?」
「でも、奈々さんが綺麗で優しくて明るいのは事実でしょう?」
「ま、まぁな…?」
わざとらしく奈々のことを褒めてくる七海に少し不満を抱く。
それに乗るように璃々も口を開いてくる。
「明るい女性って良いよね。憧れるなぁ…」
「いや、紗倉さんも十分明るいでしょ」
「そう?ありがとう」
「優くん…」
さりげなく璃々のことを褒めると、隣の七海が不満そうな顔でこちらを見てきた。
何が不満なのかよく分からないが、それはすぐに分かることになる。
「あんまり璃々ちゃんを口説いたらだめだよ?」
衝撃的な言葉をかけられ、優は困惑する。
その反応を見て璃々は大きめに笑い、拗ねてしまっている七海に声をかける。
「さっきのは嬉しかったけど…それで好きになるとかはないよ?」
「…ホント?」
「うん!本当だよ」
「そっか…」
七海の表情は明るくなり、すぐに優の近くによって行く。
「ふふっ♡」
「え?何どうしたの?」
「なんでもないよ?」
肩が当たるぐらい近づいてくる七海に疑問符を浮かべながらも、優は競技を見ながら時間が過ぎるのを待つ。




