73 尊敬しているんだが
続々と後続も終わっていき、借り物競走も終盤にかかった。
丁度その頃、一際輝く美少女がスタートラインに立った。
「お、やっとか」
「楽しみね〜」
既にゴールしている優と奈々は有咲の方をじっと見つめる。
「とにかく、無事でゴールしてくれたらいいかな」
「そうねぇ〜あの子、すぐ転んじゃうドジっ子だから」
それはあなたから遺伝したんだけどね?なんて言えるはずもなく心の中で呟くだけにしておく。
普段は完璧な母娘だが、昔からこういうのはめっぽうダメなのだ。
しかも有咲は病弱で小さい頃はあまり運動などしていない。
ハッキリ言って奈々よりも運動が出来ないのだ。
兄としては、無事でゴールしてくれたら何でも良いのだ。
優は有咲を心配な目で見つめる。
そんな優の目を見た奈々が少し身体を近付けてきて笑いかけてくる。
「大丈夫。有咲は努力家だもの。頑張って頑張ってこけないように走れるようになったの。だから、私たちはその努力を信じてあげましょう?」
奈々の笑顔に雲のようなものは一切なく、太陽のように優を照らしている。
(どこまでも眩しいな、この人は…)
優はどこまでも明るい奈々に、劣等感を抱く。
(俺は母さんみたいに眩しくはなれないけど、夜を照らす光ぐらいにはなりたいな)
優は不安の混じった表情を一変させ、明るいものにする。
「ああ、そうだな。有咲を信じてあげよう。」
優は両手を合わせて祈るように目を瞑る。
丁度そこで有咲の組がスタートし、借り物が書かれたカードを一斉に取りに行く。
有咲は3番手ぐらいでカードを手に取り、辺りを見渡している。
あるところで有咲の顔の動きが止まり、そちらに走って行く。
そして借りてきたのは…
「父さん⁉︎」
「あら〜」
有咲は先程まで奈々がいた所まで走って行き、ともに来ていた優希を連れてゴールまできている。
その光景は当然周りの人達も見ているわけで。
「え?あの人誰?」
「まさか…そういうこと…?」
優希も年齢に見合わない容姿をしているため、多くの人に勘違いされている。
そんな人達の誤解を解くため、ある生徒がいつもより大きめな声を出す。
「あれ、有咲ちゃんのお父さんだよー」
ガヤガヤし出した周りの生徒に聞こえるように七海は語りかける。
七海の言葉を聞いて周りの生徒も安心したらしく、揃って胸を撫で下ろしている。
そんな事は全く知らず、有咲は全力でゴールに向かう。
有咲は事前に親の位置を確認していたことが功を制し、何とか1位に潜り込んだ。
途中から優希に引っ張られていたような気もするが、そこは気にしない。
有咲は優のいる列に向かって進んでくる。
「お疲れ有咲。で…何で父さんを?」
「ああ、それは…こちらです」
優は有咲の持っているカードを見てみる。
「尊敬している人か…。確かに、ぴったりっちゃぴったりだな」
優がそう言うと、優希が気恥ずかしそうに頭に手を持っていく。
「いやーぴったりなのか…?ただ尊敬している人なんていなくて適当に連れてきたとかでは…」
「ないです。断じてないですね。私はお父さんのことを心から尊敬していますので」
真剣な目に少し笑を浮かばせながらそう言ってくる有咲を見て、優希は心から嬉しさが溢れ出る。
「そうなのか。ありがとな」
「いえ。当然の事です。あ、ちなみにお母さんとお兄さんも尊敬していますよ?」
「…何で俺も?母さんは産みの親だからわかるとして、俺は別に尊敬される程の人間じゃないと思うんだが…」
シンプルによくわからないので、有咲に聞き返してみる。
するとこの場にいる家族達がこぞってクスクスと笑い出し、優は少し不快感を覚える。
直後、真っ先に優希が口を開いた。
「いや、優はそういうタイプの人間だと思うぞ」
「そうねぇ〜優は良い子だものね〜」
「…」
優は少しこそばゆくなり、目を逸らす。
それを見て優希が悪そうな顔をして頬をつついてくる。
「照れてんのかぁ〜可愛いなぁ〜」
「…うるせぇ…さっさと後ろに並んだらどうだ…?」
「お兄さん、イタズラされて怒ってる子供みたいです」
有咲も悪そうな顔をしてこちらを見ている。
その反応を見て優はさらに恥ずかしくなり、手を使って優希と有咲から距離を取ろうとする。
「はやく行け…」
「はいはいわかったよ。わかったから」
「お兄さん、力強いです」
何とか2人から距離を取ることに成功し、優は安堵する。
まぁ結局この後奈々にもおちょくられたんだけどね。
とりあえず今は心を休めておく。




