72 天然なんだが
2年生の短距離走が終わり、いよいよ優が出場する借り物競走が始まる。
入場門から駆け足で入場し、トラックの内側で腰を下ろす。
1組目が準備をし、スタートする。
全員が一斉に借り物を書かれたカードを取り、それぞれの場所に散っていく。
教師を借りている人もいれば、応援用の旗を借りている人もいる。
(これぐらいなら何とかなりそうだな)
優はあまり無茶なお題がない事に安堵し、順番を待つ。
5組ほど終わると、とうとう優の組がスタートラインに立つ。
「優くーん!がんばれー!」
その瞬間、校内一の美少女と名高い人物からの声援が上がり、全員の視線が集中する。
「え?桜庭さん誰応援してんの?」
「俺も応援されてぇー」
様々な憶測が飛び交う中、優は知らないふりをしてスタートラインで準備する。
「よーい、どん!」
スターターの合図で一気に走り出す。
カードを手に取り、すぐに確認する。
そこに書かれていたのは…
「明るい女性、か…」
割と想定外の事が書かれていたので若干困惑するが、優の頭に1人の女性が浮かぶ。
今回の借り物競走は観戦に来ている一般の人も借りて良いので、優は観客席の中にいるはずの人物を探す。
ぐるっと見渡してみると、視界の端にその人物は写った。
すぐにそちらに向かい、その人物を呼ぶ。
「母さん!きてくれ!」
母の奈々を大きな声で呼び、手を差し出す。
奈々は慌てて優の手を取り、立ち上がる。
2人は急いで走り、ゴールを目指す。
優の判断が早かった事もあり、2人は先頭でゴールテープを切る。
その瞬間、周りの生徒からは驚きの声が上がる。
「え?あの人誰?」
「めっちゃ美人じゃん…」
有咲の母だから当然なのだが、かなの美人である。
年齢を感じさせない容姿を持っていて、この場にいる半数ぐらいは20代だと勘違いしているだろう。
そのぐらいの美しさを持っているのが優の母である。
優はそんな美人の母をゴール後に1位の列に連れて行く。
「ありがと母さん。お陰で何とかなった」
「ふふ、どういたしまして。そういえばお題は何だったの?」
優はカードを見せずに奈々を引っ張ってきたので、当の本人は何を借りたのかを理解していない。
優は手に持っているカードを見せて反応を伺ってみる。
「明るい女性?ふふっ…優ったら…私の事明るいと思ってたの?」
割と想像通りの笑顔が返ってきて、そういうところが明るいんだと心の中でつぶやく。
優は腰に手を当てて奈々に笑いかける。
「母さんは十分明るいだろ?明るすぎるぐらいだよ」
「そう?あまり自覚はないのだけど…」
奈々は顎に手を置いて頭の上に疑問符を浮かべている。
この人、本当に自覚がないのだ。
家でもいつもそういった感じなのだ。
何回明るいと言ってもいつも疑問気な表情を浮かべ、数分後にはすぐに忘れてしまっている。
そう、奈々は天然なのだ。
天然で明るくてとても優しい母なのだ。
父も恐らくそこに惹かれたのだろう。
多分。
恐らく。
万が一の確率で。
優も何度も母の明るさに助けられた事がある。
毎回無自覚で笑顔を分けてくれていて、優は本当に感謝している。
だが、やはり自覚がないのは解せない。
(ったく…優しくて良い人なのになぁ…)
何かがかけている母に少しため息をつきながら優は分けてもらった笑顔を奈々に返す。
「ありがと、母さん」
「…?えっと…どういたしまして…?」
突然向けられた笑顔の意味もわからず、奈々は何となく笑顔を振り撒く。
優は何も分かっていない奈々の表情を楽しみながら妹の出番をじっくりと待つ。




