70 悪くないはずなんだが
運動会当日、生徒はいつもより早めに登校して最終準備をする。
優のクラスは一度教室に集まってから準備を始めるため、有咲とは校庭で別れる。
「じゃ、またあとでな」
「はい、またあとで」
「有咲ちゃん、頑張ろうね!」
「はい。正々堂々戦いましょう」
2人は手を振って別れ、教室に向かう。
「おはよー」
「おはよう桜庭さんと…如月くん…?」
七海の後ろに隠れるようにして教室に入った優は、もれなく滅茶苦茶視線を浴びてしまう。
「あ…お、オハヨー…」
身体を縮めながら素早く席につき、存在感を消す。
だが今回だけは上手くいかず、クラスメイトからの視線が集まってくる。
「ふふっ、みんな優くんのカッコよさに見惚れてるね」
「いやそうではないだろ」
嬉しそうに七海は笑っているが、優はそれどころではない。
(今までの努力が…)
別に努力というほどの事をしてきたわけではないが、とにかく注目されるのはあまりよろしくない。
なので優は頑張って顔を隠そうとするが、それは斜め前の少女に止められてしまう。
「如月くん、隠さずちゃんと見てもらわないと!」
七海の友達の紗倉璃々に腕を掴まれて顔を曝け出さされる。
「えっと…やめてもらえない?」
「いーや、せっかくこんなにカッコよくしてるんだから見てもらわないと。ね?七海ちゃん」
「うんうん、璃々ちゃんの言う通りだよ」
七海に加勢され、優はもう何も言えなくなる。
下を向いて黙り込んでいると、友人が助けに来てくれた。
「2人ともあんまりいじめないでやってくれ。優がかわいそうだよ」
柊太が助けに来てくれ、優は安心する。
が、女性陣の攻撃は終わらない。
「でも私の彼氏はカッコいいってことをみんなに自慢したいな」
「え?2人は付き合ってるの?夏休みに告白したとか…?」
「いや信じるなよ⁉︎そんな事実は存在しない!」
「え?じゃああの時の言葉は何だったの…?」
「いやだからそれは昔の話だろ?しかもおままごとの話だし」
「うぅ…何でそんなこと言うの?」
七海は誰でもわかるような嘘泣きをする。
その光景を見ていた柊太と璃々は優をゴミを見る目で見つめる。
「えっ…如月くん…そんな人だったの…?」
「優…それはないよ…」
「え?これ俺が悪いの?」
「ああ」
「そうだね」
「えぇ…」
優は謎に凶悪犯にされ、大きなため息をつく。
その後、まだわざとらしく泣いている七海を慰めに行く。
「えーっと…まぁそのー…彼氏では…ないよな?彼氏では。つまりそういうことだ」
優そう言うと七海は何かを閃いたかのように一瞬で立ち上がる。
「つまり恋人以上の関係って事⁉︎やっぱりそうだよねごめんね私だけ勘違いしちゃってて」
「おぉ…これはまた如月くんも隅に置けないねぇ…」
「優…かなり大胆だね…」
(友達とかそういうニュアンスで言ったつもりだったんだけどな…)
そんな事を考えながら明後日の方向を見る。
そこには綺麗な青空が広がっていた。
優が見ている方向はただの天井なのだが、優には青空に見えた。
それはつまり、優の脳は機能を停止させているという事だ。
結局優はここから一言も話さず、ただ綺麗な快晴の空を見ていた。
みんなからはずっと天井を見ているだけなので心配されていたが、優の脳にそんな物は記憶されていなかった。




