69 整えたくないんだが
体育祭当日の朝、優はいつもより早めに起きて外でランニングをしてからいつものように準備をする。
着替えを終えて朝食を摂り、最後の支度を済ませている時にある人から声をかけられる。
「お兄さん、今日はいよいよ体育祭ですね」
妹の有咲がリビングで声をかけてきた。
いつも下ろしている長い髪をポニーテールにして、気合いが入っているようだ。
そんな有咲に声をかけられ、優は立ち上がって話す。
「ああ、とうとうだな」
「それであの…今日は、髪の毛…」
「ん…?ああ…その髪型、よく似合ってるな」
「そ、そうじゃなくて…」
髪型を褒めて欲しいのかと思ったのだが、反応を見るに違ったようだ。
そうなると何の話かわからないので有咲に訊いてみる。
「髪がどうしたんだ?」
そう言うと有咲は頬を赤くしながら答えてくれる。
「今日はその…髪の毛…整えないんですか…?」
「ん…?あ、ああ…一応その予定はないけど…」
「その…今日はかっこいいお兄さんをみんなに見て欲しいので、整えて欲しいなぁと…」
「ゔ…」
有咲も七海や優希と同じで、優のカッコいい姿をみんなに見せてやって欲しいのだ。
だが、正直あまり目立ちたくはない。
シンプルに恥ずかしいし。
うん、絶対に断ってやる。
(そんな目されたら断れねぇ…)
恥ずかしさよりシスコンの方が勝ったようで、優は少し気落ちしながらも首を縦に振った。
「うん、分かったよ。でも、ちょっとだけだぞ?いつもよりは整えるだけだからな?」
優がそう言うと有咲は嬉しそうな笑顔を向け、喜んで返事をする。
「はい!ぜひお願いします!」
その笑顔を見て少し癒された後、優は洗面台に行って髪を整える。
整えるとはいうが、別にいつもわざとつけている寝癖を無くしてちょっとだけ前髪を分けるだけだ。
周りの生徒からいつもよりは少し気合い入ってるなと思われる程度にしたい。
優はやり過ぎないように気を付けながらドライヤーなどを駆使して髪の毛をいじる。
数分で作業が終わり、リビングにいる有咲のもとに向かう。
「おぉ〜やっぱりお兄さんはかっこいいですね」
さも当然のことかのように言う有咲に少し苦笑いを浮かべた後に優は有咲に手を差し出す。
「さ、行くぞ」
「はい、お兄さん」
有咲は手を取ってソファから腰を上げる。
「「いってきます」」
「いってらっしゃ〜い」
母に挨拶をし、2人は家の扉を開く。
「あ、2人ともおはよー…って、優くん…」
「ん?どした?」
「その髪…もしかしてとうとう今日からカッコいい姿を毎日見れるの?」
「いや、今日は特別だよ」
「そうなのぉ…」
優の言葉を聞き、七海は露骨に悲しそうな表情になる。
「まぁでも今日だけでもいっか。いずれにしろ今日はみんなが優くんの虜になるんだし」
七海は笑顔でとんでもないことを言ってくる。
それにツッコもうとするが、それより先に有咲が七海の手を握って勢いよく迫る。
「そうですよね!今日の主役は誰が何と言おうとお兄さんですよね!」
「う、うん!そうだね!」
いつもと違う有咲の勢いに少し戸惑うが、七海はしっかり共感の意を示す。
その後もきゃっきゃと2人の世界で話が進んでいく。
そんな2人に気を使うことなく優は2人を放って行こうとする。
20mぐらい離れた時に後ろから2人は走ってこちらに来た。
「ちょっと、まってよぉ…」
「置いて行くなんてひどいです」
優は2人を呆れた目で見つめる。
「ったく、こんなんで大丈夫なのか…」
本日の結果が何よりも心配な優だった。




