68 騒ぎすぎなんだが
あれから数日経って、早くも明日には体育祭が控えている。
優はいつも通りに寝る支度をしてベッドに入ろうとしたが、それはある人によって止められる事になる。
「優、ちょっといいか?」
「…父さん…?」
ドアの向こう側には父の声が聞こえてきて、少し驚いてしまう。
優はすぐにドアを開けて父である優希を部屋に招き入れる。
「…で?何か用か?」
わざわざ部屋に来た理由がよくわからないので訊いてみると、優希は表情を変えて答えてくる。
「明日、体育祭だろ。どうだ?楽しみか?」
「何だよそれ。ま、楽しみだけど」
「そっか…リレー、走るんだってな」
「ん…まぁ半強制的だったけど…」
「はは…もしかして…七海ちゃんの仕業だったり?」
「ご明察」
「はは、やっぱりそうか」
優希が皮肉げに笑い、それに釣られて優も少し笑う。
その後優はため息をついて七海の行動について語る。
「ったく…いっつもあいつは…ありがた迷惑っていうかね…」
「そうか?俺には優を助けるためにやっているようにしか見えないぞ」
「そう…か…」
優の表情は暗くなり、下を向きながら話を続ける。
「助ける…か…。何を言っているのかよく分からないな」
「そんな事はないぞ」
ここで優希の表情は真剣な物に変わる。
「七海ちゃんは心を閉ざしてしまったお前を助けるために今も頑張ってくれてるんだ。今回だってそう。お前の心の扉をこじ開けるために無理にでもリレーに出させたんだ」
「そう…なのかな…」
「ああ、きっとそうだ。あんなに優しい子なんだから」
優希の表情は明るくなり、優しく笑いかけてくれる。
(本当に…父さんには敵わないな。優しすぎて泣けてくる)
込み上げてくる涙を抑えて優も笑顔を浮かべる。
「じゃ、そういう事にしておこうかな」
そこで話はひと段落し、そろそろ部屋を出て行くと思っていたのだが、ずっと座ったままだ。
「…えっと…まだ何か?」
「ちょっと話が逸れてしまってな。言いたい事を言っていなかった」
「言いたい事って?」
「優、俺はお前の本気を見たい。俺はな、本気で何かをしている優が大好きなんだ。だから親孝行だと思ってさ、かっこいい姿見せてくれよ」
急にとんでもないとこを言われ、流石に困惑してしまう。
そんな優に構うことなく優希は話を続ける。
「きっとみんな待ってる。少なくとも俺と母さんと有咲はそうだよ。多分…いや、七海ちゃんもきっと待ってる。だから見せてくれ。お前の心の扉の向こう側を」
その言葉が優の心に刺さり、少し涙が出てしまう。
「こんな俺でも…待っててくれるのか…?」
「ああ…俺たちはずっと待ってる」
そこで優希は優を抱きしめて心の声を口にする。
「俺たちにもう一度見せてくれ…。あの頃の天真爛漫なお前を…」
優は目から熱いものが出てくるのを感じ、優希の胸に顔を埋めてそれを隠す。
そんな子供らしく泣く息子を父としてぎゅっと抱きしめる。
それから長い時間が経ち、優は父の胸から離れる。
「ったく…人のことを子供扱いしやがって。もう高校生だぞ?」
「ははっ、お前は俺の子供だしなぁ。子供扱いもしたくなる」
目の下を赤くして少し拗ねている優を見て、嬉しそうに笑った。
その姿を見て何だか昔に戻ったみたいで嬉しくなり、気づけば優も笑っていた。
「ははっ…ホント、仕方ない親だな」
一瞬下を向いた後、表情を変えて語りかける。
「いいぜ。本気でやってやるよ。速すぎて見失うなよ?」
優の少し煽りの混じった本気の表情を見て、優希は対抗心が湧いてくる。
「よく言うよ。お前がごときの走りで見失うわけないだろ?」
優の挑発に乗り、優希も煽りを交えた表情で語る。
直後2人は大きく笑い、腹を抱えて頭を下げる。
「何だそれw気持ち悪いな」
「気持ち悪いは言い過ぎだろ!w」
夜遅くに何も考えず親子2人で騒ぐ。
あとで女性陣に怒られるとも知らずに。
でも、今はこの時間がとても心地いい。
ずっと、こんな日々が続いてほしい。
心からそう思った。




