35 怖くないんだが
「有咲ちゃん、終わった?」
お手洗いの中で、七海が個室の中に居る有咲に声をかける。
「はい。ですがその…浴衣が着崩れてしまって…」
「ああ、今行くね。鍵、開けてもらえる?」
有咲は鍵を開けて個室の中に七海を迎え入れる。
そして七海に浴衣を綺麗に着させてもらい、2人でお手洗いを出た。
「おーい、こっちこっち」
優が2人に大きく手を振り、こちらに誘導する。
「お待たせ」
「おう。じゃ、ちょっくら花火の席取りにでも行くか」
「そうだね……って優くん、誰か女の人と話した?」
「えっとまぁ一応…というか、なんでわかった?」
「優くんから他の女の匂いがしたから」
「言われてみれば確かに…お兄さん?私達がいない間にどの女性をたぶらかしたのですか?」
2人の目が怖くなってきた。
七海は完全に浮気を疑ってる顔だし。
いや、付き合ってもないのに浮気もクソもないんだが。
「たぶらかすって……たまたま紗倉さんに会ってちょっと話してただけだよ」
「紗倉さんというと…七海さんのお友達?」
「うん、そうだよ。ふーん…優くん、とうとう璃々ちゃんにも手を出し始めたんだ…」
「いや手を出してる訳ではない!本当にたまたま会って少し話をしてただけなんだって…」
「ふーん、まあ良いや。璃々ちゃんには説教しておかないと…」
難しそうな顔をしてボソボソと喋っている。
璃々が可哀想ではあるが、とりあえず今は何とかなったので感謝しておく。
こうして心の中で手を合わせて感謝の意を示していると、有咲が考え事をしながら口を開いた。
「そういえば、そろそろ席を取りに行かないと。花火が綺麗に見れないかもしれませんし」
「確かにそうだな。じゃー行くか」
「うん…」
「どこにしましょうか。私はこの広場が良いと思うのですが」
「んーそれで良いんじゃね?」
「はい、それでは行きましょうか」
そう言って3人は花火がよく見える広場へと向かった。
広場に着いた時には既に多くの人が居て、見渡す限りには座れる場所は無かった。
「うわーマジかこれ。座れる場所あるかな?」
「うーん、ここから見る感じは無さそうだね…」
「こうなっては仕方ありません。例の場所に行きましょうか」
「「例の場所?」」
自身ありげに語る有咲に2人は疑問符を浮かべる。
「ほら小学生の頃よく花火を見ていた場所ですよ」
「「あー」」
2人はどこの事を言っているのかを理解し、その場所へ向かう。
そこはあまり知られていない高台。
小学3年生の時にたまたま有咲が見つけ、以来七海が引っ越すまで毎年そこで花火を見ていた。
そこに行くまでにはかなり暗い森を通る。
昔はおてんばだったので怖がらずに行くことが出来たが、今は全員落ち着いているので怖がってしまう。
「ねぇ…これお化けとか出ないよね…?」
「出るわけないじゃないですか。あんなのおとぎ話ですよ…」
「そんなこと言って滅茶苦茶しがみついてきてるじゃん。しかも体震えてるし」
2人が優の両腕にしがみつき、震えながら森の中を通って行く。
鳥の鳴き声1つでビックリしてしまっているので、中々進まない。
「うう…怖いです…」
ちょっと泣きそうになっている妹。
ちょっと顔面が固まっている幼馴染。
結構めんどくさい優。
果たしてこの3人で高台に辿り着くことが出来るのだろうか。




