31 最強のルーティンなんだが
「なぁ、そろそろ機嫌直してくれないか?」
七海との集合場所に向かう途中、優は未だに拗ねている有咲の機嫌を取ろうと試みる。
が、並大抵の事では有咲の機嫌が良くなる事はなかった。
「ダメです。お兄さんが何かしてくれないと無理です」
「何かって何だよ…」
「それは…自分で考えてください…」
少し照れながら口を尖らしている。
そんな有咲の心の中など丸わかりだったので優は手を有咲の頭の上に運び、軽く撫でてみる。
正解だったようで、有咲は嬉しそうにニコニコしている。
(ちょろいな、この妹)
少し失礼な事を考えつつ、2人は七海との集合場所に向かった。
それから10分程歩き、ようやく七海の姿が見えてきた。
七海もこちらに気づいたらしく、大きく手を振っている。
それに小さく手を振り返しながら歩んで行く。
「わりぃ、遅くなった」
「ううん、時間ピッタリだよ」
七海との距離が近くなり、1m程前に来たところで止まって会話をする。
「浴衣、よく似合ってるな」
「ふふふ♡ありがとう♡」
七海は薄紅色の浴衣を着ていて、こちらもいつもとは雰囲気が違う外見だった。
綺麗な白色の髪の一部を後ろで結び、清楚さと美しさが共存している。
細かいところを見ると、気づくか気づかないか分からないぐらいのネイルもされていた。
優は割と人をしっかり見るタイプなのでそこにも気づくことが出来た。
「あ、ネイルもしてるのか」
「⁉︎…まさか気づいてくれるとは思わなかったよ」
「爪の光り方がいつもと違うからな」
「そんな所まで見てくれてたんだ…」
嬉し恥ずかしそうに顔を押さえている。
普通の男にここまで見られていると少し気持ち悪いが、七海にとって優にここまで見られているということはとても喜ばしい事なのだ。
このように仲良く会話していたのだが、その横にいる有咲は不満が爆発してしまう。
「お兄さん…私の事ももっと見てください!」
「えぇ…」
「有咲ちゃん、無茶言ったらダメだよ。優くんは妻以外の女性はあまり見ないようにしてるの。家族でもね。だからそれは無理な話だと思うよ」
「はい⁉︎」
話が変な方向に行ってしまっている。
まず前提がおかしいんだが。
「いえ…お兄さんは最終的には私を選ぶ運命なのです!」
「何を言ってんの君は⁉︎」
衝撃的な発言にツッコミを入れる優の事を無視し、2人の世界で会話が進んでしまう。
「最終的にと言うか、既に私の事を選んでいるからね。七海ちゃんには悪いけど、優くんは私のものだから」
「いえ、お兄さんは私の最愛であり、お兄さんの最愛は私。相思相愛なのですよ」
こうなってしまってはどうすることもできない。
それは優が1番わかっている。
というわけで…現実逃避タイム。
(あー早く帰って三途の川渡りながらカバディしたいなー)
はい、現実逃避タイム終了。
「よし、そろそろ行くぞ、2人とも」
「お兄さんはどちらの方が好きなのですか?」
「はい?」
「だーかーらー、優くんは私の事を選ぶに決まってるの!」
「そんな訳でありません。お兄さんは私の事を愛していると仰っていましたし」
「え⁉︎そうなの⁉︎」
(何言っちゃってんの⁉︎)
妹が突然とんでもない事を暴露してしまう。
それに色々付け加えて誤魔化そうと試みるが、その声が七海の耳に入る事はなかった。
「ええそれはもう情熱的な言葉でしたよ。抱き寄せられて耳元で囁かれた時はもう幸福感に包まれましたね」
「ふーん、私の居ないところでそんな事してたんだ。そういえばこの前2人でシッピングデートしてたみたいだけどそれって浮気だよね?」
「えーっと、デートじゃないし浮気でもないし……」
何とか弁明してみる。
だが、優の弁明が聞き入れられる事はなかった。
「そうなんだ結局私なんてただの都合のいい女なんだね必要なくなったら捨てる使い捨て彼女だったんだね」
「いやそんな訳ないでしょ」
「じゃあ、優くんにとって私ってどういう存在なの?」
「うーん…そうだな…」
この発言の重要性は、優が1番よくわかっているので数秒間熟考した後に口を開く。
「何者にも変え難い、とても大切な人だよ」
「あ…そうなんだ…」
この発言を聞いた七海が照れて顔を下げてしまう。
照れるなら聞いてくるな。
ともかく、何とかこの状況を抜け出すことが…
「じゃあ私はどうなのですか?」
できていなかった。
むしろ悪化した可能性すらある。
というわけでまたしても現実逃避ルーティンを繰り返し、無事有咲も照れさせることができたので、2人を引きずりながら出発した。




