209 勇気を振り絞って
「ただいま〜」
「お邪魔します」
玄関に入り、靴を脱いで家に上がる。
そしてそのままリビングに直行し、いよいよ七海の親と対面する。
とはいっても普通に知り合いだからそこまで緊張する必要はないのだが、優は扉を開ける直前にまたしても緊張し、頭が真っ白になる。
だが七海はそれに気付いた様子はなく、普通に扉を開けた。
「お帰りなさい。優くんもいらっしゃい…」
「いらっしゃい…って、どうしたんだ?その格好」
2人は優の服装に疑問を抱いている様子だ。
それも無理はないが。
普通に遊びに来るついでに顔を見せるといった感じの説明しかしていないので、このようなかしこまった姿でこられると何事かと思うだろう。
でも優は一切説明をせず、まず手に持っている紙袋を差し出した。
「まあそれはいいとして、とりあえずこれ、よかったらご家族で召し上がってください」
「まぁ…これ、結構高いやつじゃないの?」
「い、いいのかこんなの…?流石に悪いよ」
少し焦っている2人に反し、優はかしこまった様子で声をかける。
「いえ、これは日頃の感謝といいますか、まぁある種のお礼も兼ねていますので。受け取ってください」
「そ、そうか…。なら、頂いちゃおうかな」
「ありがとねー」
2人は何となく嬉しそうに紙袋を受け取った。
ま、昔から面倒見てる子供にこんなこと言われたら喜ぶ気持ちもわかる。
(成長したな、優…)
紙袋を受け取った後、七海の父親の智は過去を思い出しながら感慨に浸っていた。
それを察して優は少し間を置き、そしてもう1つの紙袋を取り出した。
「あ、こちらに父から預かっているものも」
「これもお高いやつ…何を企んでいる…?」
流石に渡す物のレベルが高すぎたのか、智から疑問の目を向けられる。
(流石に気づかれるか)
明らかに今日の様子はおかしいと気づかれるが、あくまでそれは想定内。
むしろ望んだ展開でもあった。
優はこれは好奇だと思い、智の言葉に乗って2人に声をかける。
「ええまぁ、結構色々企んでます。その話をしたいので、こちら、座ってもいいですか?」
「ああ、構わないけど…」
「七海も座って」
「うん」
七海を隣の席に座るよう促し、これで親と対面するような席順になった。
そして何から切り出そうかと迷っていると、七海の母の翔子が何かを思いついたかのように両手を叩いた。
「あっ、ちょっと待っててね。今お茶入れてくるから」
「よろしく」
「お願いします」
幸い心の準備をする時間ができ、優は智にバレないように深呼吸をした。
「優くんは紅茶飲める?」
「はい、お願いします」
「了解」
そして数分後、お茶が到着してようやく話せそうなタイミングが来た。
もうここまできたら戻れない。
別に戻るつもりなどないし、これから七海ともっと先に進みたいと思っている。
これは避けては通れない道。
優は2人にもわかるように大きく息を吸い、そして吐き出した。
次の瞬間、2人の目をしっかりと見て重い口を開けた。
「智さん、翔子さん。いや、お義父さん、お義母さん」
「「っ⁉︎」」
驚く2人を見ながら、少し間を置く。
そして勇気を振り絞ってその言葉を伝える。
「七海さんを、僕にください」
優は思い切り頭を下げた。
何も見えない世界からは何の音も届いて来ず、2人が沈黙しているのがわかった。
そこで不安という2文字が頭をよぎるが、その瞬間に2人の声が聞こえてきた。
それは多分控えめな涙声であった。
だが本当にそんな声であるのかは、下を向いている今の優にはわからない。
でも優は頭を上げない。
2人に認められるその時まで。




