208 挨拶
あれから数日経つと、もう年が明けてしまった。
優は毎年のように親戚の家に挨拶をしに行ってお年玉を貰ったり、家でゴロゴロゲームをしたりしていた。
そして1月3日、優は父のスーツを借りて遠方まで来ていた。
外見は完全に正装で、まさにこれから結婚の挨拶でもしに行くのかといった感じの気合いの入りぶりだ。
いやまあ一応そのつもりで来たんだけどね。
一体どうしてこんなことになったのか。
あれは遡ること5日前。
冬休みということもあり自室でゴロゴロしていると、突然父の優希が部屋に侵入し、突拍子もなくこう言った。
「お前、今度桜庭家に婚約の挨拶してこい」
あまりに突然のことすぎて理解できず、訳を訊いてみると、優希は少し呆れたようにため息を漏らした。
「はぁ…そりゃ婚約したんなら親御さんに挨拶しにいくのは当たり前だろ?」
「いやそれはそうだけど…」
「それに、サプライズしてみたいんだ」
「はぁ」
「幸い七海ちゃんもまだ話せてないんだろ?なら突然押しかけて突然娘さんをくださいって言ってみてくれ。多分泣いて喜ぶぞ?」
確かに七海は恥ずかしくてまだ親に話せていないらしいし、サプライズをするのには賛成なのだが…
(これ、成功するのか?)
家によってはちゃぶ台返しされて家を追い出されるぞ。
いや七海の親御さんはそんなことしないだろうけど。
…しないよね?
(なんか不安だ…)
優の中の不安は拭いきれず、思い切って優希に質問した。
「そんなにうまくいくのか…?」
「ん?当たり前だろ」
優希は至極当然かのようにそう言い、そして普通に解説を始めた。
「だってお前たちが幼い頃から2人が結婚したらいいなって話をしてたんだぞ?そんな夢物語が現実になるんだぞ?俺なら泣くね。いや泣いた」
「泣いたんかい」
てか子供が幼い時に何でそういう話になるん?
やっぱこの人たちはどこかネジが外れている。
まあそれがいいところでもあるが。
「ま、そういうわけで、優。行ってこい」
「いやまだ決まったわけでは__」
「行ってこい」
「…はい」
てなわけで今現在電車から降りて七海の姿を探している。
七海は特に目立つ容姿をしているのですぐに見つかる…などといっていると目に綺麗な白髪が写った。
どうやら向こうもこちらに気づいたらしく、大きく手を振って呼びかけてくる。
「お〜い!こっちだよーっ!」
優は速攻そちらに向かい、七海の真正面に立った。
「ようこそ私の…故郷?じゃないし…えと…」
「ま、何でもいいだろ。とりあえず、今日はよろしく」
「うん、よろしく。てか、凄い格好だね」
七海は優の全身を見渡しながら目を見開く。
「そうか?」
「うん。まさかスーツ着てくるなんて思わなかったよ。普通の私服でいいって言ったのに」
「いや、流石に今回は気合いを入れたくてな。何たって婚約の挨拶だからな。気を引き締めないと」
「ふふっ、優くんのそういうところ、カッコよくて好き♡」
「………」
これには恥ずかしくて触れず、そのまま七海に案内を頼んだ。
七海は快く承諾し、手を繋いで戦地へ向かった。
そして歩くこと10分、とうとう七海の実家に着いてしまった。
緊張しているのもあり、この家がまるで富士山の如く大きく聳え立って見える。
それに怯えて呼吸を荒くするも、七海が強く手を握ってくれて正気を取り戻す。
「大丈夫。きっと、私たちならうまくいくよ」
「…そうだな…。うん、そうだ。きっとうまくいく」
「うんっ!!」
深呼吸をし、一旦冷静になって最終準備をする。
「よし、行くか」
その合図で七海は玄関の扉を開け、運命の光が優に降りかかった。




