207 初めて
目を開くと、目の前には可愛い婚約者の顔が。
「むにゃむにゃ…そんなに食べられないヨォ…」
(うん、可愛い)
優は自分の腕の上で裸のまま気持ちよさそうに眠る七海に庇護欲を掻き立てられる。
(守りたい、この笑顔)
優は1度七海を抱きしめた後、頑張って腕を抜いた。
「朝風呂行くか」
昨夜たくさん汗をかいたし、とりあえずシャワーでも浴びようと考えるが、目の前には素晴らしい温泉があるのでそちらに入ることにした。
幸い脱ぐ服もほぼないことだし。
優は脱衣所で下着だけさっさと脱ぎ、タオルを巻いて温泉に向かった。
「ふぅ〜生き返る〜」
暖かくて気持ちいいお湯に浸かりながら一瞬だけ昨日のことを思い出す。
(たぁ〜っっ!!やっちまったぁぁぁぁぁっっ!!!!)
昨夜は自分を制御することができず、とうとう一線を超えてしまった。
大事にしようと、そう考えていたのに。
「俺はクズ男だ…欲望に負けて襲ってしまうなんて…。いっそ殺してくれ…!」
一応合意の上であったが、それでも罪悪感が拭いきれない。
自分の行動を後悔し、そして自分に落胆した。
「所詮俺もただの男ってわけか…なんか絶妙に嬉しくない」
優は顔を下に向けて大きくため息をついた。
(…これから七海とどう接すればいいんだ…!今まで通り話せる自信がねぇ!!だから勢いに任せてこういうことはするのはよくないんだよ…)
と、そんなことを考えていると、扉の向こうから物音がし始めた。
誰か来たのだろうか?
まあ七海しかいないだろうが。
でも今はちょっと来ないで欲しいというか、何と言葉をかければいいかわからないからもう少し待って欲しいというか。
とにかくもう少し時間を…と考えているうちに扉は開かれた。
「……」
案の定そこには七海がいて、身体に巻きつけたタオルを握り締めて入ってきた。
「…横、失礼するね」
「お、おお…」
七海はゆっくりと身体をお湯に入れ、気持ちよさそうに浸かった。
「何回入っても気持ちいいね」
「…っ⁉︎…そ、そうだな…」
七海の言葉につい大袈裟に反応してしまう。
だが七海は気にした様子もなく話を始めた。
「き、昨日の話なんだけど…あれはその…」
突然昨日の話になり、優は咄嗟に頭を下げた。
「ごめんっ!!!!俺、自分を抑えきれなくなって暴走してしまった…!1番大切な人にあんなことを…本当にごめん!!!!」
優は顔面が勢いよくお湯にバシャンと浸かるまで頭を下げた。
七海の表情は見えないが、間違いなく怒っているだろう。
そう考えながら七海の返事を待った。
「(い、1番大切な人…そんな風に思ってくれてたんだ…)」
続けて七海は自分もそう思っているということを小声で呟き、そして1回大きく首を横に振って普通のボリュームで話し始めた。
「優くん、頭を上げて」
「……っ!!いや、それはできない…!」
「どうしてそんなに謝るの?」
「いやだって…七海にあんなことをしてしまったから…」
言い訳のようにそう言うと、七海は呆れたようにため息を漏らした。
「あのねぇ優くん。あれはね、私がしたかったことでもあるの。だから、変に後悔しなくていいんだよ?それに…」
突然七海は顔を近づけてきて、耳元で囁いてくる。
「(せっかくの私たちの初めてを、嫌な思い出にしないで…?)」
「__っ⁉︎」
七海の言葉に、つい身体が仰け反る。
一旦距離をとって、七海に問いかけた。
「よかったのか…?初めてが俺で…」
「うん。むしろ、君がいいの。いや、君じゃなきゃやだ」
「…わがままだな」
「ふふっ、これからもっとわがまま言うから覚悟しておいてね♡?」
「ゔ…が、頑張るよ」
優は自分の未来に不安を抱きつつ、幸せな未来が来ると心から感じたのだった。




