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196 甘えますっ


温泉旅行出発当日の朝、(ゆう)はいつものように準備に追われて慌ただしい朝を過ごしていた。


「か、母さん!あそこに置いてた服は??」

「あ、それならそこに」

「って靴下片方ねぇし!んもぉ、別のにするか…!」

「あんまり走っちゃだめよ〜」


早朝から家中を馬のように走り回る優に寂しい目を向ける人物が1人リビングに立っていた。


「お兄さん…」


その人物とは、兄のことを愛してやまない有咲(ありさ)のことだ。


優は2泊3日の旅行に出かけるため、ほぼ3日間会えなくなってしまう。


今までにそんなに長期間会えなくなる経験は1度もなかったため、有咲は内心かなり戸惑っていた。


(3日も会えなくなったら…私、寂しくて死んでしまいます…)


と、本人に言えたらいいのだが。


でもそんなことを言ってしまうと、優しい優の心には少しばかり罪悪感が生まれてしまうだろう。


兄のことを1番知っていて1番愛しているからこそ、このエゴは抑えなければならない。


恋人と、幸せになってほしいから。


有咲は自分にそう言い聞かせ、黙ってソファに腰を下ろした。


「有咲、どうしたの?」

「ふぇ?」


黙って虚空を眺めていると、隣に奈々(なな)が座って声をかけてきたので、有咲は戸惑ってしまう。


だが自分の気持ちを察せられるわけにはいかないと、いつものように表情を取り繕う。


「いえ、特に何もありませんよ?」

「はぁ…あなたねぇ…」


奈々は呆れたようにため息を漏らす。


「何もないならそんなに無理して笑わないで」

「別に無理なんかは…」

「いいえ、あなたは無理をしているわ」


奈々はいつものやんわりとした表情とは違い、真剣で鋭い視線を向けてくる。


「大体理由はわかるけれど…有咲。妹は、たまにはわがままを言わないと可愛くないわよ?」


奈々の言葉が有咲の心臓に突き刺さる。


だがあくまでもシラを切り通す。


「わがまま…ですか?ふふふっ、私、もう子供じゃありませんよ?お兄さんに甘えたりなど、するはずもありませんし、したいとも思いません」


有咲は笑顔を作り通す。


だが、その笑顔は見破られているかのように奈々はもう1度ため息を漏らす。


「はぁ…いつからそんな嘘をつく子になっちゃったの?」

「嘘なんてついてませんよ」

「いいや、ついてるわ。私にはわかるわ」

「そ、そんなの…!」

「嘘をつく時に満面の笑みを作る。一体誰がこんなことを教えたのかしら…」

「……っ!!」


有咲は言葉を絞り出そうとするが、それが口から出ることはなく。


笑顔はとうとう崩れ、次第に表情を暗くした。


「…ごめんなさい…。嘘、つきました…」

「いいのよ…。私こそごめんなさい。ちょっと言いすぎたわ」


奈々に頭を撫でられ、少し心の余裕が生まれる。


「それで、さっきの話なのだけれど」

「はい…」

「気持ちは、わからなくはないわ。思春期になると、そうやってどうしても大人になろうとしてしまうのよね」


奈々は慰めるような口調で語りかけてくる。


「でもね、大人になろうとしすぎて自分を見失っちゃいけないの。自分の心を殺してまで大人になろうとするのなんて、間違ってるわ」

「…はい」


奈々の言葉に、有咲の心は温まる。


それを表情から感じ取った奈々は両腕を首元に回し、そのまま抱き寄せてくる。


「大人になるのは、自分のペースでいいの。他人が大人になるのに合わせる必要なんてないわ。だからね有咲」

「はい」

「あなたはまだ子供でいていいの。小さくてわがままなままでいいの。その方が多分、優もお兄ちゃんらしいことができて喜びそうだもの」

「ふふふ…そうですかね?」

「ええ、きっとそうよっ」


2人は互いに笑顔を向け、もう1度強く抱き合った。


「どう?いけそう?」

「はい。私は、お兄さんの妹ですから。たくさん、甘えちゃいますっ」

「ふふふ、その意気よ〜!」


有咲は立ち上がり、胸に手を当てながらリビングを後にした。


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