183 その手を取って
「俺と、付き合ってください」
時が止まる。
七海は自分だけの世界に入り込んだ。
(今…え…?)
状況を理解しきれない。
とりあえず一旦少しずつ先程の出来事を思い出していくと、自然と涙が溢れた。
「え…あれ…?」
「だ、大丈夫かっ⁉︎」
優は自分が何かしたかと問いかけてくるが、そんなはずはない。
「私…嬉しいはずなのに…」
涙が止まらない。
これは間違いなく嬉し涙だ。
努力が報われたことに対する、最高の嬉し涙。
でもそんなことを優がわかるはずもなく、ただ心配してきている。
「ごめん…っ!急すぎたし…嫌だよな…」
「違うの…違うの…っ」
優は頭を下げてくるが、それは全力で否定する。
「本当に…嬉しくて…やっとあなたと…恋人になれるって思うと…嬉しくて…っ」
「七海…」
涙が加速する。
そしてもう、前も見えなくなる。
そんな七海の様子を見て心配になったのか、優は突然抱きしめてくる。
「え…?」
「待たせてごめんな…。俺も…多分ずっと七海のことが好きだった。でも俺はそれが許せなかった。七海には迷惑をかけてばかりの俺が、七海のことを好きになるなんて」
耳に入ってきた儚げな声を聞いて七海の涙が少し収まる。
「で、でもそんなことっ…!」
「ああ、七海は優しく全部受け入れてくれたよな。でもだからこそ、俺は七海とは恋人になるべきではないと思ってたんだ。でも、もうその時には自分の気持ちに気づいてたんだ」
七海は返す言葉も思い付かず、ただ優の話を聞いた。
「その時にさ、みんなに背中押されてさ…俺、嬉しかったんだ。七海のこと、好きになっていいんだって思えて。自分と気持ちを吐き出していいんだって思えて、幸せだったんだ」
そこで優の声のトーンは変わる。
「でも俺はもっと幸せをつかみたくなった。七海とともに幸せになりたいと、心から思った」
優は少し距離を取り、もう1度手を差し出してきた。
「だから七海。俺と、付き合ってくれないか。俺の一生に1度のわがままを、聞いてくれないか」
優は先程よりも自身ありげに、けれども恥ずかしそうに今1度告白をしてきた。
七海はまたしても衝撃を受けるが、今度は涙が出なかった。
多分それは、決心が固まったからだろう。
だが七海は一旦優の手を取らずに話し始める。
「一生に1度じゃダメかな。優くんには、最低でももう1回はわがまま言ってもらわないとっ」
「ゔっ__あはは…そう、だな…。最低でももう1回か…。んーまあ、努力するよ」
「ふふっ、ありがと」
プロポーズの約束(?)もできたところで、七海は笑顔で優の手を取った。
「如月優くん。私を、あなたの彼女にしてくださいっ!」
七海は満面の笑みで優の気持ちに応える。
「ありがとうっ…!」
「うあ__っ⁉︎」
そこで優にもう1度抱きつかれ、七海は幸福感でいっぱいになる。
(ああ…幸せだなぁ…。私、こんなに幸せでいいのかなぁ…)
多分、大丈夫だろう。
誰かに怒られるわけでもないだろうし、仮にそうなっても、この人が守ってくれる。
大きくて暖かい優の身体の中で、七海はそのようなことを考えた。
「七海…」
「なに…?」
優に名を呼ばれて顔を上げた。
そこには何か物欲しそうな目でこちらを見つめてくる赤い優の顔があった。
その表情を見て、七海はあることを感じた。
(あ、これって…)
七海は直感的に目を瞑った。
そして、自分の全てを優に託した。
それから数秒後、七海の唇に優の唇が重なった。




