172 時間を忘れてたんだが
「はぁ…はぁ…お、お待たせ…っ!」
集合時間から20分ほど遅れてから七海は姿を現した。
「そんなに急がなくていいって言ったのに」
「い、いや…私が遅れてしまったんだから…」
事前に連絡を受けて『ゆっくりでいいよ』と連絡をしたのだが、案の定七海は走ってやってきた。
……しかし走りにくそうな格好だ。
特に長めのスカートと少し高めのヒールを見てそう思った。
でもそれは今日のためにオシャレしてくれてた証拠だろう。
優はそのことに素直に喜びを感じ、少し胸が高鳴るのを感じた。
だがそれを表情には出さないようにし、平静を装って七海の服を褒め称える。
「今日の服、よく似合ってるな。いつもより綺麗でお淑やかな雰囲気がよく出てて、とても魅力的だよ」
なんかとんでもないことを口走っている気がするが、暴走は止まらない。
「髪型も服とバッチリ合っててとても綺麗だ。あ、そのネックレスも__」
もはや自分でも何を言っているのか分からないまま七海を褒め続けた。
後でふと気づいた時に、恥ずかしさが込み上げてくると同時に、過去の自分に恐怖心を抱いていた。
(俺、前まで普通にこんなこと言ってたのか…?)
その恐怖心は、何の躊躇いもなく平然と七海のことを褒め称えていた自分に向けたものだった。
(…なんか恥ずかしくなってきた)
少しずつ恐怖心が羞恥心に変わり、先ほどの恥ずかしさも相待って信じ難いほどに全身が熱くなった。
そんな自分の姿を見られていないかと思い、ふと七海の顔を覗いてみた。
そしてその瞳に映ったのは、全身を赤くして下を向いたままゴニョゴニョと何かを呟いている七海の姿だった。
(え?もしかして、照れてる…?いや、それ自体はいつものことのような…?)
考えてみれば、別に照れていること自体はいつものことだった。
でも今回の照れ方は明らかに他とは違う。
(でもいつもは、こんな感じじゃなかったよな…?いつもは。じゃあ…なぜ…?)
それは至極当然の疑問だった。
いつもとは明らかに反応が違う。
それすなわち、何か心境に変化があったということ。
優はそう推理し、ではその心の変化とは何かを考え始めた。
(うーん…これは考えるまでもないような…?)
いや、こんなの答えひとつしかないじゃん。
流石に鈍感な優でもわかってしまった。
そしてそれに気づいた瞬間から、心臓がうるさくなった。
期待で胸が膨らみ、まるで酔っ払いのように気分が良くなる。
優は羞恥心など忘れて幸せの渦に巻かれていた。
上を見上げ、高々と拳を上げそうになるのを何とか抑えていると、七海からようやく声がかかった。
「あ、ありがと、ね…」
1mも離れていないのにこんなに時差があるなんてあら不思議。
七海は未だに赤くなった顔を手で隠しているが、正直見え見えなので全く意味がない。
だが優はあえてそれを口にしなかった。
その理由は…
(何この生き物可愛いんだけど)
半分ぐらいはイタズラ心で黙っていたのだが、半分ぐらいはこういった感情が理由だった。
まさか自分がこういった思考回路になるなんて…酔っているのだろうか。
なんか酒が入った時のようなふわふわ感を感じる。
…いや酒飲んだことないんだけどね⁉︎
ほ、ホントだよ…?
…………
そんなことはどうでもいい。
今はとにかく七海の反応を堪能…じゃなくて、デートだデート。
「あれっ⁉︎」
完全に時間を忘れていたせいか、ふと時計を見た時に電車に乗り遅れそうになっていたことに気がついた。
「ちょ__い、急ぐぞ!」
「え__っ?」
何も理解していない様子の七海を半ば引っ張る形で連れて行き、何とか電車に乗り込んだ。




