169 決戦の日
そして迎えた日曜日。
優はいつもよりかなり早めに起き、まずは外に走りに行く。
普通ならこんなことをする必要はないのだが、今の優にとってこれは必要なことだった。
今から戦場に行く優にとって、気合いを入れるための行為は必須だった。
朝を多く流し、シャワーを浴びる。
その後朝食を済ませ、今度は服選びに没頭した。
昨晩に決めておこうと思っていたのだがなかなか決まらず、結局今朝に持ち越していた。
「これなら清潔感あるし…いやでもこっちの方が…いやでもこれは張り切りすぎか?」
そのように悩みに悩みながらも、何とか服を選び終えた。
そして次は今までしたことのない髪型に挑戦した。
いつもより凝った、いつもより気合いの入った髪型だ。
鏡を見ながら少しずつ調整していき、いい感じに出来上がってきた頃だった。
「いいじゃんそれ」
さっきからチラチラと覗いてきていた父の優希にそう言われ、少しホッとする。
すかさず微調整を依頼し、優希に頭を差し出す。
「今日は気合い入ってるな。もしかして…」
優希は少し躊躇うように口を止めるが、何を言うつもりだったのかを察し、答えを返す。
「ああ、そのつもり」
そう言うと優希の顔は愛情のこもった優しいものになった。
「そっか。がんばれよ。お前ならできる」
「ありがとう」
優希の言葉は優の心の奥底まで届いた。
これから世紀の大一番に挑む優にとっては、この上なく嬉しい言葉だった。
それと同時に、自分を奮い立たせてくれるとても強い言葉だった。
その瞬間、優はもう1度スイッチを入れ直した。
(よし、やるか)
優の心境は本当に戦いに出る人間のもの。
そして実際に、これから自分の心と戦うことになる。
そのことは当然、優希もわかっている。
「できたぞ。今日で、勝負を決めてこい」
優希は強めに背中を叩き、優の気合いを入れさせた。
そしてまんまと魂に火をつけられた優は、目に炎を宿らせた状態で優希に決意を表明した。
「ああ、まかせろ。今日で、自分の気持ちに決着をつけてくる」
優はそのまま荷物を取り、かなり余裕を持って家を出ようとした。
玄関で靴を履いていた時、後ろから誰かに抱きつかれた。
「お兄さん…っ」
少し悲しそうな、少し嬉しそうな、そんな声で有咲が耳元で声をかけてくる。
「どうした?」
「えっと、その…」
有咲は視線を彷徨わせて言葉に迷う。
そんな有咲を見て、優は少し肩の力が抜ける。
「ははっ、いつもの有咲だな」
「そ、そうですか?」
「ああ、いつも通り可愛いな」
「か、可愛いって…」
率直に思ったことを口にすると、有咲は恥ずかしそうに背中に顔を埋めてきた。
正直ずっとこのままでいてやりたいが、そういうわけにはいかない。
「有咲、そろそろ」
「あっ…!え、えと…」
有咲は悩んだ末、最後に思い切り力を入れて抱きしめてきた。
「が、頑張ってくださいっ!!」
有咲は、今日優が何をしようとしているのかわかっているのだろうか。
いや、多分わかっているな。
有咲はわかった上で応援してくれている。
(いい妹をもったな…)
優は自分の幸せな境遇に喜びを感じつつ、玄関の扉を開く。
「ああ、頑張るよ。それじゃあ、行ってきます」
「…はい、行ってらっしゃいっ!」
有咲の今にも泣いてしまいそうな笑顔を見て胸が張り裂けそうになるのを感じるが、それを何とか抑えて足を進めた。
(絶対に、成功させてやる…っ!)
応援してくれた、全ての人のためにも。
そして、自分の描きたい未来のために。




