165 照れるんだが
「よしっ!遊び行くゾォぉぉぉ!!!!!」
「うるせぇな」
終業式が終わり、いよいよ春休みが始まることになった。
優と柊太と事前に遊ぶ約束をしていた泰明は、希望に満ちた表情で拳を高々と突き上げた。
普段なら周りから冷ややかな視線を送られるが、今日に限ってはその限りではない。
他のクラスメイトも春休みが楽しみなのか、いつにも増して騒いでいた。
その中に紛れながら頑張って教室を出る人の姿が優の視界に入った。
(七海…)
人混みから少し見えた白い髪が、優の心を高鳴らせる。
(春休み、どうすっかなぁ)
流石に長期休暇中に1回も会わないのはキツイので、どこかのタイミングでデートにでも誘おうと思っている。
だが、未だに声をかけれずにいた。
前にも何度かデートをしたことがあったが、その全ては七海から誘われて行ったものだった。
つまり、どう誘えばいいのか分からないのだ。
どう声をかけたらいいのか、どう誘えば自然であるのか。
恋愛未経験の優はそれらのことが全く分からないのだ。
では、七海はどうだろうか。
七海だって、恋愛未経験だと言っていた。
なのにいつも勇気を振り絞って誘ってくれている。
(七海はどんな気持ちで誘ってきてるんだ…?)
そういう部分も気になるが、優には少し闘争心が湧いてきていた。
(…俺も負けてられないな)
何度、こういう思考に辿り着いただろうか。
散々考えた挙句、いつもこうなってしまう。
そして結局勇気を振り絞れず、何度もタイミングを逃してきた。
(俺…ヘタレなのか…?)
そういったモヤモヤが心の中を渦巻いていると、泰明が強引に腕を引っ張ってきた。
「さっさと行くぞ!!満室になっちまうぞ!!」
「あ、ちょ__っ!」
優と柊太は泰明に引っ張られるままに走って行った。
3人はカラオケに行き、早速泰明が歌い始めた。
「♩〜♩〜」
「(地味にうまいのウザいよな)」
「(そうだね。地味に、ね)」
「おいそこの2人ぃ!!聞こえてんぞ!!」
間奏の間に会話に介入してくるが、2人は知らないフリをして悪口を言い続けた。
「はぁ…はぁ…クソッ…!」
「おー85点か。すごいすご〜い」
「すごいすごぉいじゃあねぇわ!歌ってる間に散々悪口言いやがって!」
「何でそんなにバテてんだ?」
「曲の合間にツッコんでたからだわ!!」
「途中から歌よりツッコミを優先してたよね」
両手を膝について息を荒げている泰明に追い討ちをかけた後、優がマイクを握った。
「お、全日本がきたぞ〜」
「その言い方やめろ。てか、何で知ってんの?」
「桜庭さんが前に言いふらしてたから」
「何やってんだよ…」
「まぁまぁ今は曲に集中して」
「なんか癪に障るな…」
優は納得いかないまま歌い始める。
だが歌い始めると、何もかもを忘れた。
恋愛がどうとか、人生がどうとか、そういうのを完全に忘れて気持ちよくなれるのが歌だった。
だから優は完全に1人の世界に入り込み、全力で歌い始めた。
そんな優に、2人は顔を引き攣らせていた。
「なんだこれ…本人よりうまいじゃねぇか…」
「ホント…1人だけ世界が違うよね…」
観客2人にドン引きの目を向けられているのにも気づかずに歌い続ける。
そして曲が終わり、点数が画面に表示された。
「きゅ、97点…」
「この機械壊れてんじゃねぇか?」
「確かに。こんなに低いはずがないよ」
「いやそっちかい。高すぎて壊れてるんじゃねぇかって言おうとしたんだけど」
「でも優の歌は100点以上の価値があったよ」
「それは否定しないけど」
好き勝手に歌っていただけなのに滅茶苦茶称賛され、少し照れ臭さを覚える。
そんな状態がしばらく続き、ようやく最後の曲が終わった。
そして3人は会計をし、次にファミレスに向かった。




