163 言うんだ
(優くん、気づいてくれないかなぁ…)
学校の女子トイレの中で、七海は1人で考え事をしていた。
(こんなにアピールしてるのにな…)
七海はいつになっても振り向いてくれない優に不満を覚えていた。
無理もない話だ。
あれだけ積極的にアピールしているのに、いつも何事もなかったかのような対応をされる。
最近はなぜか改善が見られ始めたけど、まだまだ不満は解消されていない。
「(優くんのばか…)」
つい、小声でそう呟いてしまう。
一応他に誰もいないことは確認済みだが、流石にこの静かなトイレの中だとかなり声が響く。
七海はこの声が誰にも届いていないことを祈りつつ、さらに頭を悩ませ始めた。
(もう、私から告白しようかな…)
まぁ告白まがいのことは散々やってきたんだけどね。
多分、鈍感な彼じゃなかったら確実にOKをもらえている。
いや、OKをもらえる前提はおかしいかな?
(カッコよくて優しいからモテるだろうし…最近なんて、身なりを整えだしたからいろんな女子が見てるし、噂では好きになった子もいるって…)
だから、自分が恋人になれるなんて、ただの慢心に過ぎない。
(油断してたら、他の子に取られちゃうっ…)
七海は意志を固める。
早く、告白してしまおう。
いつものようなアピールではなくて、真剣な告白を。
(…よしっ!)
七海は鼓動が早くなっている心臓を無視し、焦るように教室に戻って行った。
「ん、おかえり」
「ただいま」
七海は緊張で手が震えそうになるのを抑えながら席に座った。
そして、早速話を切り出す。
「ねぇ、ちょっと大事な話があるんだけど…」
「ん?」
七海が真剣な表情をしているのを見て、優も心を落ち着かせる。
「そ、その…私…」
言葉が止まってしまう。
早く言うんだ。
好きですと。
恋人になってくださいと。
早く、言ってくれ。
早く、早く、はやく…
「七海…?大丈夫か…?」
優に肩を叩かれた時に、目が覚めた。
「あ、うん…大丈夫…」
焦る気持ちからか、完全に自分を見失ってしまっていた。
また恥ずかしいところを見られてしまった。
でも、今は恥ずかしいなんて感情は湧いてこない。
今は、とにかく緊張で満たされている。
そしてまた、呼吸が荒くなる。
「どした…?体調悪いのか…?」
優から心配の目を向けられる。
七海は優の言葉をを即座に否定し、一度冷静になれるよう深呼吸をした。
「ゆっくりでいいから、話してごらん」
そう言われ、もう一度深く息を吸った。
本当に、優しい人だ。
私なんかには、眩しすぎる。
でも、もし恋人になれたら。
それを想像するだけで、いくらでも幸せになれる。
でも、いつまでもそういう妄想でいられるわけもなく。
私は今日、この妄想の世界を終わらせる。
そして、現実を掴み取る。
それが叶わなかったら…それはその時考えよう。
優しい人たちに囲まれているから、きっと誰かが励ましてくれる。
そう願いながら、七海は口を開く。
「優くん、私とっ__」
そこで、時間が止まった。
何だろうか、この寒気は。
この全てが終わってしまいそうな予感は、一体何なのだろうか。
……怖い。
今まで一緒に過ごしてきた日々が終わることを想像すると、たまらなく怖くなる。
…………でも、決めたんだ。
今日、自分の気持ちに決着をつけると。
今日こそ、幸せを掴み取ると。
(私なら…出来るっ!)
七海は勢いに身を任せ、大きく目を開いた。
そして、あの言葉を絞り出す。
「私と付き__」
「あ、チャイムだ。悪い、また後でいいか?」
次の授業は体育なので、優は少し急ぎ足で更衣室に向かった。
(…結局できなかったなぁ…)
私は、ただのヘタレだった。




