158 最悪の断末魔なんだが
学校が終わり、家に着くと、優は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
そのまますぐ荷物を置いて、ベッドに飛び込んだ。
そこで自分の大きすぎる心臓の音を感知し、呼吸が荒くなる。
なぜこんなことになっているのか。
それは考えるまでもなかった。
単純に、自分の好きな人がそばにいる。
たったそれだけのことで、優がドキドキするのには十分だった。
現に今日は緊張と気恥ずかしさで目を見ることすらままならなかった。
(…俺、こんなんでやっていけんのかな…)
正直今のままでは七海の話すことすら難しい。
だがそんな状況のままでいいはずもない。
いずれは恋人になって、手を繋いで、唇を交わして、そして…。
「ぐぅぅぅ……っ!!」
たくさんの欲望を抱えるが、それを叶えれる自信がなく、優は自己嫌悪をする。
(俺に、もっと勇気があればな…)
そうであれば、きっと今頃付き合えているんだろうな。
今まで七海のことを好きにならなかったのは、ただ勇気がなかったから。
彼女を好きになる勇気がなかった。
大切な幼馴染で、大切な親友である七海との関係が崩れるのではないかと考えると、自然と好きにならないように心を閉ざしていた。
だから今、パンパンに詰まっている好きという感情が暴発して、このような状況を招いている。
でも今は、七海のことを好きになれたという事実に喜びを感じている。
恋とは、これほど楽しいものなのだろうか。
世界が明るく見えて、全部自分の思い通りになると思って、心臓の昂りが抑えきれない。
何とか制御しておかないと、勢い余って告白してしまいそうなぐらいには気分が高揚している。
でも、それすらも楽しいと思える。
こんなに幸せで、いいのだろうか。
あ、ヤバい。
顔のニヤ付きが収まらない。
今誰かにこの顔を見られたら、多分死んでしま__
「お兄さん…?どう、したのですか…?」
あれ、気がついたら有咲が部屋の中に入ってきていて、変な顔をしている兄に少し引いたような目を向けている。
「あ、有咲ッ⁉︎ど、どうして…ってかノックしてくれよっ…」
「しましたよ、何回も」
自分の考えに夢中になりすぎてノックに気づかなかったのだろうか。
何回もノックされて気づかないぐらい集中してたのか…?
恋って、恐ろしい。
優は自分の集中力の高さに感心しながらも、自分の変な顔を見られた恥ずかしさを覚えていた。
「嘘…だろ…」
「嘘じゃないです。で、何を考えていたのですか?」
「…いや別に…」
「言いたくない、もしくは言えないことですか?」
「…そうだな」
そう言うと有咲は顎に手を当てて考え始め、それから10秒が経った時に突然頬を赤く染め始めた。
「も、もしかしてお兄さん…っ⁉︎そ、そういうことですか…⁉︎」
「ん?どういうことだ?」
何を言っているのか分からず詳しく説明を求めると、有咲はさらに赤くなりながら口を開いた。
「そ、そういうことを考えていたのですか…?ま、まぁお兄さんも男性ですし…?しかも好きな人がいて…そういう気持ちになるのは分かりますけど…」
「えっ⁉︎」
ん?
なんか、変な勘違いされてないか?
七海のことを想像してニヤニヤしていたことには変わりないが、微妙に、いや絶望的にニュアンスが違う気がする。
「ちょっと待ってくれ。俺がナニをしていたと思ってるんだ…?」
そう訊くと有咲の全身は赤くなり、投げやりになりながら答えてきた。
「それはその…え、エッ…ちなこと…じゃないんですか…?」
「は…?」
純粋無垢で清廉潔白な妹から発せられたおよそ清楚とは思えないような言葉に驚きが隠しきれず、目を見開いてボーッとしてしまう。
そんな優とは対照的に、有咲はオドオドしながら早口で話している。
「べべべ別にいいと思いますよ?お兄さんも年頃の男性ですし?女の子にそういった感情を抱くのは当然だ思います。でも流石に妹が来た時はやめてほしいというか」
有咲は逃げるように部屋から出ながら話している。
「お、お兄さんのえっちーーー!!!!」
「ちょ__!!待ってくれ!!」
慌てて有咲を追いかけるが、時すでにお寿司。
さっきまで楽しくてパタパタ跳ねていた魚は、今は長方形に捌かれてただ米の上に寝転がっているだけだ。
まあつまり、有咲にはしっかり逃げ切られ、今は絶望感に浸っていると言うわけだ。
先程の有咲の断末魔はしっかり母に聞かれていたのも相まって、優は行き場を失った魚の頭のように目を見開いたまま固まっていた。




