154 別れ
私は、お兄さんのことが好きだった。
家族としてでもあるが、多分異性としても好きだった。
でも、お兄さんは家族だ。
だから付き合うことも出来なければ結婚することもできない。
そんな自分の境遇を呪ったこともあった。
生まれながらの負けヒロイン。
そのことを考えるだけで、胸が締め付けられてとても苦しかった。
もう、いっそのこと諦めさせて欲しい。
そう思っていた時に、お兄さんから七海
さんのことを好きになったと聞いた。
その時は嬉しさと悲しさが混ざっていて、とてもモヤモヤしたからつい涙が出てしまった。
その時私は心の中で七海さんに感謝をしていた。
兄への禁断の恋を諦めさせてくれて、ありがとうと。
そう。
この涙は、感謝と応援の涙。
決して、悲しみの涙なんかじゃ……
…………………………。
悲しい…。
胸が張り裂けそうになる程、苦しかった。
いつまでも、自分の隣にいて欲しかった。
でも、それは叶わない。
それが運命なのだから。
だから必死に諦めようと、色々考えた。
でも考えはまとまらず、ただ時間が過ぎていった。
そうやって自分の未来に絶望していた時に、扉の向こうからお兄さんの声がした。
ああ、今すぐあれは嘘だと言ってくれないだろうか。
いや、だめ。
諦めると、決めたのだから。
私の使命は、兄の恋を応援すること。
大丈夫。
七海さんならきっと、お兄さんを幸せにしてくれる。
そう信じて、私はいつも通りの妹を演じる。
◇
「なあ有咲」
ベッドに入ってから少しの間抱き合った後、優が有咲に声をかけた。
「どうかしました?」
「いやその…」
優は出そうとしていた言葉を出せずにいた。
ずっと喉の奥で詰まっていて、もうすぐ爆発しそうになった時に、何かを察したように有咲が話し始めた。
「もしかして、謝ろうとしてますか?」
「えっ…」
有咲に完全に心を読まれていて、優は目をぱっちりと開けた状態になる。
だが有咲はそんなこと気にもせず続ける。
「そんな必要はありませんよ?私は、心の底から応援したいと思っていますから」
嘘だ。
直感的に、そう思った。
有咲は優しい子だから、きっとそういう気持ちもあるのだろう。
だが、本心は違うのだと、心の中の自分が訴えてくる。
優は自分に従い、率直に有咲に訊く。
「嘘、だろ?」
「え…」
「無理して嘘つかなくていい。むしろ、吐き出してくれ。俺はそのためにここに来た」
優の真剣な声に、有咲は一瞬目を見開く。
そして顔を伏せ、優に顔が見えないようにして話し始めた。
「お兄さん」
「どうした」
「私は……お兄さんのことが好きですっ…」
「そっか….ありがとう」
薄々気づいてはいた。
でもここまで本気だったとは知らなかった。
有咲は優の胸の中で熱い涙を漏らしていた。
「大好きです…愛していますっ…だから…どこにも行かないでっ…!」
有咲の悲しみに満ちた声に、心を締め付けられる。
でも、覚悟はしていた。
だからこそ、今は何とか心を落ち着かせることができ、一旦深呼吸をしてから口を開けた。
「ありがとう。でも、俺は行くよ。そう、決めたから」
こんなことを言えば有咲はきっとさらに悲しくなる。
だが止まることはできない。
「でも…その姿を、1番近くで見ていてほしい。大切な妹に、見届けて欲しい」
そう言葉を発した時に、胸の辺りがさらに熱くなるのを感じた。
「はい…私が見届けますっ…お兄さんの…幸せな未来をっ…」
優は頭を撫でて、有咲の心を落ち着かせる。
そして有咲の涙が少しおさまってきた頃に、一度有咲と目を合わせた。
「ありがとう。もし有咲が旅立つ時が来たら、その時は特等席を用意しておいてくれよなっ」
「はいっ!」
有咲は拭い切れない涙を浮かべながら、いつもより深々と笑った。




