152 ごめん
あれからも話は続き、気づけば有咲が風呂から上がり、自室に戻る音が聞こえてきた。
「あら、もうそんなに時間が経つの?」
「いやー楽しい話してると時間の流れが早いなぁ」
親2人は楽しい話題だったので時の流れが早く感じられたようだが、優はそうではなかった。
自分の恋の話について洗いざらい吐かされ、極度の羞恥心を味わった。
そんな優にとってのこの時間は、まるで千年の時のように感じられただろう。
(やっと終わるのか…)
長い長い戦いが終わり、とうとう解放されると思っていた時に奈々がある話をし始めた。
「で、優。どうするつもりなの?」
「どうって、何が?」
「有咲にどう伝えるの?って話よ」
「あっ…」
有咲にどう伝えるべきか、なんて全然考えていなかったので、優は意表をつかれたかのように驚いた表情をとる。
「考えてなかったのか?恋をすれば周りが見えなくなる気持ちもわかるが、大切な妹のこともしっかり考えてやってくれよ」
優希から叱りのような、けれども優しい口調の言葉を聞き、真剣に有咲にどう伝えるべきか考える。
(…………)
全然思いつかない。
別に普通に伝えればそれで済む話ではあるのだが、優にとって有咲は特別な存在なのだ。
特別で1番大切な存在であったからこそ、どう伝えたら良いか分からない。
あなたは1番ではない。
その言葉をどのような語彙を使って話せば傷つけずに済むのかがわからない。
いや、傷つけないなんてのは、ただの理想だ。
有咲は繊細で優しい妹だ。
どう言葉にしても必ず傷ついてしまうだろうし、きっとそれを表に出さずに祝福してくるだろう。
そんな有咲の姿は見たくない。
(俺はどうすれば…)
何とか考えをまとめようとする。
そして考え始めてから30秒が過ぎた頃、突然ドアからノックの音が聞こえてくる。
「どうぞ〜」
「失礼します。あ、やはりみなさんここにいたのですね」
有咲はいつものような、優しく明るい表情で部屋に入ってきた。
だが部屋の中に漂う重い空気のせいか、有咲の表情には少し緊張感が浮かんでいた。
有咲が状況を把握しようと部屋を見渡しているときに、優は考えた。
__今か。
__いや、まだか。
__いや、今か。
もう、後の自分に任せよう。
どれだけ考えても、おそらく有咲を傷つけない手段など出てこない。
とにかく今は自分の気持ちを赤裸々に語り、少しでも傷を浅くできるように努めよう。
「有咲、ちょっといいか?」
「はい…」
状況を理解できていない有咲を連れてリビングに向かった。
「大事な話があるんだ」
「そうなんですか…」
いつにない真剣な表情の優を見て、有咲も顔色を変える。
そして優は、今の自分の気持ちを、全て正直に話した。
「実は俺…七海のことが…好きになったんだ…」
「………………そう、ですか……」
有咲の顔は青ざめ、サッと下を向いてしまう。
「……いいと思います…とてもお似合いですし…」
「それでな有咲…」
「いいんです。私のことは気になさらず、お兄さんは進んでください」
そう言って有咲は優に背を向け、手で顔を覆った。
微かに耳に入ってくる泣き声に、心を痛める。
有咲にかける言葉は見つからず、ただひたすらに抱きしめた。
そしてひたすら謝った。
「ごめん、ごめん、ごめん」と、心の中で。




