148 俺は__
騒々しい校内から別れを告げ、優は帰路についていた。
有咲を家に届けた後、七海を家まで送っていると突然気恥ずかしそうに話しかけてきた。
「ねぇ…その…今日は何の日か…知ってる…?」
「何って…そりゃあバレンタインだろ?」
「うん、そうだね…」
「…どうした?」
明らかに様子がおかしい七海に疑問を抱く。
「あ、もしかして昼休みのことまだ根に持__」
「それはもういいの」
「あ、ハイ」
どうやらこれではなかったらしく、七海は一瞬にして顔を暗くして鋭い口調で否定してきた。
その直後、わざとらしく咳払いをし、もう1度頬を赤く染めながら話してくる。
「それでその…バレンタインって…好きな男の子にチョコをあげるでしょ…?」
「うん…ん?」
(なんかちょっと違う気が…)
バレンタインって別に好きじゃなくてもチョコをあげてもよかった気がするが、それには触れないでおく。
「で、それがどうかしたか?」
「それでね…?その…私もチョコ…作ってみたの…」
「ほぉ…それはいいな」
「わ、私の…大好きな…旦那さんのために…」
「ふむ、なるほどね…」
ひとつだけ訊きたいんだけど、旦那さんって誰のことなのかな?
まぁ鳥のフンが空中で化学実験をするぐらいの天文学的確率で__
「これ、優くんに…」
俺のこと、でしょうねぇ…。
うーん。
彼女、そろそろエグい告白まがいのことをしているのに気づいた方がいい。
じゃないと、こちらの心臓がもたない。
現に優は嬉しさと恥ずかしさと様々な感情によって脳がショートしていた。
「優…くん…?もしかして…いらない…かな…」
黙り込んで頭の整理をしていると、七海が不安そうな表情になっていた。
流石にそこで冷静になり、慌ててチョコを受け取る。
「い、いや、喜んでもらうよ。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
先程までの暗い表情から打って変わって七海は明るい笑顔を向けてくる。
「愛情たっぷりだから、たくさん味わって食べてね?」
「お、おお…」
この人はまた何の恥ずかしげもなくそういうことを言う…。
そういうところが、好きになってしまうんだよなぁ。
…………………
ん?
ちょっと待て。
(今、七海のことが好きって__)
「優くん?どうかした?顔真っ赤だよ?」
「ん⁉︎い、いや、なんでもない…」
「そっか」
まだ、顔が熱い。
触って確かめてみると、微かに笑っていて。
少し気持ち悪さも覚えるが、それよりも大事なことがある。
………いや、多分気のせいだろう。
これは多分、女の子に挨拶されただけで好きになってしまうアレと同じ。
大事な女の子に、単純な理由で好意を向けたくない。
そう、いちばん、大切な人だから。
(…あれ?今…)
今、率直に七海のことが1番大切だと思った。
大切な家族を、大切な妹を差し置いて、ただの幼馴染を…?
…でも、七海なら、不快ではない。
七海なら、自分の1番でもいいと、そう思える。
あれ、一体何なんだ。この感情は。
心臓の鼓動が速くなったきり収まらない。
(俺…もしかして七海のことを__)
「送ってくれてありがと。それじゃあまた明日ね」
七海はいつも通りの笑顔で、こちらに手を振ってくる。
優は半ば呆然としたまま手を振り返し、その場から去る。
それから家に着くまでのことは、よく覚えていない。
ただひとつだけ、辿り着いた答えがある。
_____俺は、七海のことが好きだ。




