135 心配だったんだが
「こんにちは奈々さん。お見舞いに来ました」
今から2時間前、学校が終わった七海はスーパーで買い物をしてから優と有咲のお見舞いに来ていた。
奈々は喜んで受け入れ、七海は家に上がって先に優の部屋に向かった。
ノックをして優を呼ぶが、返事はない。
寝ているのかと思い音を立てないように部屋の中に入ると、ベッドでは今起きたらしい優が身体を起こしていた。
「あっごめんね起こしちゃったかな?」
「いや、ちょうど起きたところ。で、何しにきたの?」
「お見舞いに決まってるでしょ?夫の看病は妻の役目だからね♡」
「ははは、そうですかい」
いつもの調子の七海に呆れつつも、優は内心喜んでいる。
だがその感情を表に出すことはなく、優は部屋の電気をつけるべく立ち上がる。
「体調はどうなの?」
「まぁ良くなってきたよ。元々大したことなかったし、俺は元気だよ」
「そうなんだ…」
「ん?どうした?」
七海は涙を流しそうな顔でこちらを見つめているので理由を訊いてみると、ゆっくりと抱きついてきて泣き始めた。
「心配…したんだよ…?急に帰るってなったから、何かあったんじゃないかって…」
「あ、ああ…」
「でも、無事でよかった…」
「そう…だったのか。悪いな。心配させちまって」
「ううん。こうして元気な顔を見れただけで私は満足だよ」
七海は優から離れ、涙を拭う。
そして思い出したかのように自分の持ち物を取り出した。
「これ、よかったら食べて」
「え?こんなにいいのか?」
「いいよ。私もこの前色々もらったし」
「そうか。じゃあ、ありがたく」
優は袋を受け取り、早速好きなお菓子を開けて食べる。
それから5分が経った頃に、七海が深刻そうな顔をして話し始めた。
「有咲ちゃんは、今どんな感じなの…?」
七海も幼馴染だから有咲が過去にどれだけ苦しんだかを知っている。
だからこそ、有咲への心配が絶えないのだろう。
そんな七海にハッキリと有咲は大丈夫だと伝えたいが、今の有咲がどうなっているのか、優も知らなかった。
「さあ…でも、学校にいた時は…凄く苦しそうだった…」
優にもこれぐらいしか言えることがなく、七海はもどかしそうな表情をする。
「そうなんだ…。私、ちょっと有咲ちゃんの部屋に行ってみてもいいかな…?」
「…そうだな。ちょっと、行ってみるか」
優も有咲の状態が気になり、2人は有咲の部屋に向かった。
扉の前でノックをするが、案の定返事はなく、コッソリ中に入っていく。
暗い部屋の中を進んでいき、ベッドの前に辿り着いた。
2人は有咲の顔を覗き、そして2人とも暗い気持ちになる。
「(有咲ちゃん…苦しそう…だね…)」
「(そうだな….。汗もすごいな…)」
優は近くのタオルを手に取って有咲の汗を拭く。
「(呼吸も早くて荒くて…本当に、昔に戻ったみたい…だね…)」
そんなことはあってほしくないと願うが、今実際にそうなっている。
その事実が、七海の胸を締め付ける。
「(私に何かできないかな…)」
自然と出たその言葉に、優は何かを思い出したかのように手を叩いた。
「(そういえば、昔手を握られるのが好きだったよな…?)」
「(あ、そうだったね。うん、やってみる)」
昔の有咲の姿を思い出しながら、七海は有咲の手を握る。
「(…どう…?)」
「(おっ、なんか落ち着いてきたな)」
手を握られた途端有咲の呼吸は落ち着き、表情も柔らかいものに変わっていった。
2人は胸を撫で下ろし、しばらくそのままでいた。
暗くてよく分からなかったが、多分20分ぐらいが経った頃に、奈々が部屋に入ってきた。
「(あ、2人とも…。ありがとね七海ちゃん。手を握っててくれて)」
「(いえ、私がしたくてやったことですから)」
「(あとは任せて〜。色々準備してきたから。あ、七海ちゃん晩御飯食べてく?)」
「(いえ、流石にこの状況でご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、私は帰りますね)」
「(えぇ〜…)」
奈々に露骨に悲しそうな顔をされるが、それに抗って七海は玄関に足を伸ばした。
「じゃあ、お大事に」
「ああ。ありがとな」
「うん、ばいばい」
「おお」
七海は優と手を振り合い、少し重い足取りで帰路についた。




