134 励ましたいんだが
暖かい…いや、暑苦しい。
そんな感情を抱きながら、有咲は目を覚ました。
「お母…さん…?」
「あ、起きた?」
なぜか奈々が隣に寝転んでいて、何なら抱きしめられている。
「えと…この状況は一体…」
なぜ自分が母に抱きしめられているのか分からず、本人に訊いてみると、先程よりさらに強めに抱きしめられた。
「あなた…悪い夢でも見てたの?うなされてたわよ」
「そう…だったんですか。それでも病人のベッドに入るなんて、あまり褒められた行為ではないですよ」
「そんな事はどうでもいいのよ」
いやどうでもよくはないんだけど。
普通に狭いし暑いし、何より風邪をうつしてしまうかもしれない。
だが奈々は全く気にせず話を続ける。
「あなたのことが心配でたまらないのよ。少しでもあなたの支えになりたいの。そのためなら、私は何だってする」
奈々から想定外の事を言われて驚くが、有咲は夢の中での感情を思い出す。
「私なんかのために時間を使う必要なんてないですよ。私は、迷惑をかけてばかりですから」
「…有咲」
奈々の腕は緩み、有咲は少し距離をとって母の顔を見つめる。
奈々は今までに見たことのないぐらい真剣な顔でこちらの目を見ていた。
「あなた、まだそんなこと言っているの?全く、有咲はまだまだ子供ね」
「なっ__!!」
なぜか貶されたので有咲は少しムッとするが、奈々はそれに構わず続ける。
「私はあなたを迷惑だなんて思ったことは一度もないわ。そうやって自分は迷惑をかけているとか言われる方がよっぽど迷惑よ」
奈々はいつにない強い口調で語り続ける。
「あのね有咲。私たちはあなたがいるから幸せなの。あなたがいるから私たちは笑顔でいれるの。だから、そんなこと言わないで」
大切な事だからこそ、有咲に伝わるようにいつもより真剣な雰囲気で話す。
有咲には奈々の気持ちが伝わってくるが、それでも不安は消え去らない。
「そう、なんですね…。でも、現にお兄さんに風邪をうつしてしまいましたし、やはり私は迷惑をかけてばかりで…」
「ふーん…。それが、あなたの主張なのね?」
「そうですけど…」
奈々はなぜか食い気味にそう言った後、扉の方に目を向けた。
「そうらしいけど、実際はどうなの?」
扉の向こうの、いるはずのない人物を呼んでいる。
「え…お兄…さん…?」
無情にも扉は開かれ、1番会いたくない人物が現れた。
「よ、よぉ…。てか、何でバレてんの?」
「足音が聞こえたもの」
「鋭いな母さん…。で、何だっけ?」
「優に風邪をうつしてしまって罪悪感で潰されそうだって話」
「ああ、そうだったな」
そこまで言った記憶はないが、的を射ていたので黙って聞いておく。
「別にうつされてはないよ。ほら、もう元気になったし」
そう言って優は自信満々に自分の腕を叩く。
「まぁ今回のは俺の自滅みたいなもんだし、気にするなよ」
優は有咲を慰めるべく、精一杯の笑顔を向ける。
でも、まだ有咲の心の奥には届いていなかった。
「それでも、原因を作ったのは私で__」
「有咲」
「は、はい…?」
先程まで笑っていた優も奈々と同様少し怖い顔になり、いつもより数トーン低い声で話し続ける。
「そんなのはどうでもいいんだ。俺は、有咲が笑顔でいるだけで、生きててよかったって思える。有咲が生きてるだけで、俺は幸せでいれる。だから、自分を貶すようなこと言わないでくれ」
優の強く、それでいて優しい言葉に、有咲は涙が溢れる。
そこで優も有咲に近づき、軽く抱きしめる。
「いいんですか…?私なんかがみんなの家族でいて…」
「私なんかって言うなよ。俺たちは、有咲じゃないとダメなんだ。な、母さん」
「そうよ。私たちはみんな有咲が有咲でよかったって思ってるわよ」
「2人とも…」
奈々が2人を包み込むように抱きしめ、有咲は涙が枯れるまで泣いた。




