122 絶望しそうなんだが
「んっ!そろそろお昼の時間だね」
結局話の内容はほとんど頭に入ってこないまま適当に会話していたので、七海のこの発言にはかなり安堵した。
心が静まっていくのを感じながら優はお腹をさすって腹ペコのジェスチャーをする。
「腹減ったなぁ。どうする?デリバリーでもするか?」
そう言ってスマホを操作し始めるが、七海からすぐに否定される。
「いや、私が作るよ。これからのことも考えて、優くんの胃袋は掴んでおきたいし」
「そ、そうか…」
また平然とそんなことを言う。
こっちの気も知らずにそうやってまた告白まがいの事を言いやがって。
そんな優の心境など知るわけもなく、七海は料理に集中し始めた。
髪を結んでエプロンを着て、七海は食材を取り出して料理を始めた。
しばらくの間は無心でじっと待っていたのだが、ふと七海を見てみるとついに平常心が壊されてしまう。
(なんかまるで奥さんみたいだな…)
七海の料理をする姿を見て、ふとそう思った。
だが優はすぐに首を横に振って否定する。
(いやいやいや、七海はまだ彼氏もいたことが無い…はず…?)
そういえば訊いたことがなかった。
自分から中学時代の話はしたがらないので、自然とそういう話は耳に入ってこないのだ。
優は身体から体温が消えていくのを感じ、ぼーっと視界が暗くなっていく。
深くて暗い闇の中に、足から段々と吸い込まれていく。
そしてついに顔全体が暗い霧の中に__
「…くん…ゅうくん…優くん?」
「はぁっ__⁉︎」
「大丈夫?汗すごいけど…」
気づけば息が上がっていて、汗もかいていた。
不安に思った七海に声をかけられ、血の気が戻ってくる。
少し息を整えたところで大丈夫だとアピールする。
「やっぱり体調が悪いんじゃ…」
「いや、本当にそんなことはない。マジで。心配させてごめんな」
どうにも今日は調子が整わない。
すぐに心臓の鼓動が早くなったりするし、やはりどこかおかしいのだろうか。
そんな不安と、先程の七海の彼氏の件の絶望感で、心を保てなくなりそうだ。
またしても自分を見失いそうにな__
「はい、あーん♡」
「…」
視界が暗くなっていてよく見えなかったが、七海は既に料理を食卓に並べており、何ならあーんをしてきていた。
強制的に七海の手料理を口に入れられて驚きながらも、しっかりと味わう。
七海の料理の圧倒的な包容力や安心感により、優の心は落ち着いていった。
1度冷静になってから、七海に禁断の質問を投げかける。
「七海はさ、恋人とか…いたことあんの?」
その質問は、回答によっては自分が苦しむことになる。
だが、そんなリスクを負ってでも知りたいのだ。
そんな人はいないと、その口から発してほしい。
ただそんな期待を胸に、優は今まで見たことのないような複雑な表情で質問する。
その質問に、七海は少し笑いながら、しかし顔を赤くしながら答える。
「いたことなんてないよ。もしかして…私に彼氏がいたらって…妬いてくれたの…?」
「いっ、いや別に…」
「ふふっ私は小さい頃からあなただけって心に決めていたし、そもそも君に告白されてから…」
そこで一瞬口が止まるが、直後に下を向きながら小さな声で続ける。
「(つ、付き合ってるんだし…)」
「ぐっ__⁉︎」
優の心にクリティカルヒット。
不安という名の心の霧は一気に太陽によって消え去り、幸福感で満たされていく。
七海に彼氏がいなかったのはとても嬉しいのだが、1つだけ訂正しておかねば。
「付き合ってはないだろ…」
「まだ」という言葉が口から出そうになるが、これは歯を食いしばって抑える。
というか、そんな言葉が口から出そうになるってことは…
(もしかして俺…)
優は自分の本心に迫りそうになっていた。




