118 何とかなったんだが
「ただいま…って何してんの?」
優希が仕事から帰宅してリビングの扉を開くと、そこにはなぜか母に抱きつかれている優の姿があり、状況の整理が追いつかなくなる。
奈々が優希に抱きついてくるのは珍しくないことなのだが、息子に抱きつくなんて、しかも胸に顔を埋めるなんて本当に見たことのない光景だった。
そんな理解不能な状況を見て困惑していると、優からSOS信号が飛んでくる。
「えっと…何があった?」
助けるのはいいのだが、とりあえず状況を把握したいので優に訊いてみる。
だが優も何があったのか全く理解しておらず、優希は頭を抱えながら仕方なく奈々に直接訊いてみる。
「おーい、そこのお姉さーん。何があったんですかー」
老人に何かを訊くみたいに優しく背中をぽんぽんと叩きながら接するが、奈々は無反応のままである。
(うーん…これは仕方ない。アレをやるか)
実は絶対に奈々が反応する裏技が存在している。
優希はそれを仕方なく実行する。
「おーい、そこの超絶美人の奥さーん。旦那さんが愛してるって言ってましたよー」
「ッ!!!優希ぐぅんんん!!!」
奈々は一瞬ハッと驚いた顔で優希の存在を認識した後に、勢いよく飛びついて行った。
(あ、やっと離れた)
優希に甘い言葉をかけられた途端にサッと離れていった奈々に少し呆れながら優希に心の中で感謝しておく。
奈々が自分の胸から離れたところで、優はある事に気づかされる。
(なんか…服が湿ってる)
先程まで奈々の顔があったあたりが濡れていて、優は驚きと困惑の混じった感情を抱く。
(この人…もしかしてマジ泣きしてた?)
奈々は普段嘘泣きする時でも流石に涙は出していない。
しかも今も優希の胸の中でヒクヒクと震えている。
それらのことを鑑みるに、奈々は恐らくガチなのだろう。
そう言った分析をしながら優希と奈々の会話を横から聞いておく。
「よしよし。で、何があったんだ?」
「すんっ…有咲がね__」
優希は事の経緯を聞き出した。
話を終えた後にまた奈々は顔を埋め、優希によしよしされ始めた。
その仲良しな姿を見ていると、優希から目で合図を送られてきた。
大体何をして欲しいのかを察して、優は脱衣所に向かって行った。
電気がついているのを見て中に有咲がいることが分かり、ノックをして呼び出す。
「有咲?ちょっと来て欲しいんだけど…」
「あ、はい」
有咲はすぐに出てきて何があったのかと言う表情で見つめてくる。
「何かあったのですか?」
「とりあえずリビング来て…。来たらわかるから」
「はい…?」
ちょっと状況が掴めずに困惑している表情のままであるが、とりあえず早く有咲をリビングに連れて行かねば。
そんな思いからか、優は若干有咲を急かしながらリビングに向かった。
リビングの扉を開くと、そこには優希に抱きついて泣いている奈々の姿があり、有咲は疑問をさらに深めながら中に入って行った。
「一体何が…?」
優は有咲に事の経緯を説明した。
話が終わった頃に有咲は慌てて奈々のそばまで言って誤解だと説明し始めた。
「えっとあのそう言う意味で言ったわけではないと言うか、ちょっといたずら心が働いてしまっただけであって、別にお母さんが嫌いになったとかではありませんからっ!」
早口で説明をすると、奈々は優希の胸から顔を上げて有咲を見つめた。
「本当に…?私の事嫌いじゃない…?」
不安そうに、少し涙を流しながら有咲に訊いた。
有咲は依然慌てながら奈々に本心を伝える。
「嫌いなわけありませんよ。私、昔からずっとお母さんのことが大好きですから」
「有咲…」
なぜか奈々の目元から涙が溢れ出しており、有咲はまた何かしてしまったかと慌てるが、そんな心配は不要だった。
「有咲ー!!!」
奈々は嬉しそうに泣きながら有咲に抱きついた。
「ありがとう…。私も大好きよ」
「はい。ありがとうございます」
2人とも涙を流しながらお互いに愛情を表現している。
とりあえずこれで一件落着かな。
優は優希とともに胸を撫で下ろしながら有咲と奈々の姿を見守った。




