112 集中しすぎたんだが
昼休みが始まってから20分が経った頃、テニスコートには快音が響き出していた。
「じゃあそろそろ始める?」
「ああ、そうだな」
優と七海は軽く準備運動を終えた後、早速試合を始めた。
まずは七海のサーブから。
朝に璃々と戦っている時に見たが、多分全力ではないだろう。
直感的にそう思い、腰を低くして身構える。
左手に持ったボールを高々く上げ、ラケットを握っている右手がものすごい勢いでボールに向かって行き、こちらのコートに目にも止まらぬ速さのサーブが打ち込まれる。
(なかなかエグいサーブだな。中学女子はこんなの取れないだろ…。ま、俺には取れるけどな)
ブランクがあるが、難なくそのサーブを返してみせる。
だがやはり精度は落ちていて、ラインから少し内側の辺りでボールはバウンドした。
「それは舐めすぎだよ!」
七海はすぐにボールに追いつき、クロス方向に打ち返してくる。
そのボールはスピードも精度も常人の域を超えていて、追いつけずに点を与えてしまう。
「やるな…。ここまでだとは思わなかったよ」
「だから言ったでしょ?私、強いって」
言葉の通り、七海は強かった。
あまり詳しい話は聞いたことがないが、七海は中学時代無双していたらしい。
その噂に違わない実力で、優は闘争心が湧き出てきていた。
「ま、勝つのは俺だけどな」
七海によって奮い立たされた絶対的な才能の持ち主は、ただ一方的に1人の努力家を葬り去った。
◇
2人の戦いは優の圧勝に終わり、七海は一瞬悔しそうな顔を浮かべた後にこちらに寄ってくる。
「はぁ….はぁ…やっぱり強いね…。私なんかじゃ対等な存在になんてなれそうにないね…」
悔しそうに、悲しそうに、七海は声を漏らす。
七海は慰めなんか求めていない。
そう考え、素直な気持ちを話してみる。
「はぁ…いや、俺は楽しかったよ。久しぶりだよ。テニスで楽しいなんて思えたの」
テニスをはじめたての頃の事を思い出しながら語る。
「初心に帰れたっていうか、なんか色々と思い出したよ。ありがとう」
「そう…なんだ…」
七海は一瞬驚いた後、嬉しそうに笑いかけてくる。
「それならよかった。優くんにとって価値のある試合になったのなら、私は嬉しいな」
先程までは心の奥に悔しさがあり、それが目を伝って分かったが、今はそれが完全に消え、心の底から喜んでくれているようだ。
そんな七海に優も嬉しそうな表情を浮かべ、七海に手を差し出す。
「ああ、とても収穫のある試合だったよ。本当にありがとな」
「うん!」
七海は優の手を握り、2人は握手を交わした。
その瞬間、コートの周りから拍手が送られてくる。
「え…?あれ…?こんなに人いたんだね…」
「試合に集中していて全然気づかなかった…」
もうすぐ昼休みが終わるというのもあり、コートには人が集まってきていたようで、ほとんどの人がコートで練習もせずに2人のプレーを見ていたようだ。
「あはは…とりあえず出よっか…」
「ああ…」
なんだか恥ずかしくなり、2人はコートを出て端の方に隠れに行った。
「まさかこんな事になるとはね…」
七海は少し失敗したなといった顔でそう言ってくる。
それに優は苦笑いしながら話す。
「はは…まさかこんなに人がいて気づかないとはな…そんなに集中してたんだな俺たち」
「そうだねー」
まだ整い切っていない呼吸で2人は今回の出来事を少し反省し、球技大会の続きに備えたのだった。




