100 ありがとう
現在時刻は16:00。
優は七海をマンションまで迎えに行き、そのまま連れて自宅まで帰って行く。
「ふふっ…今日は楽しみだなぁ」
何も知らない七海が満面の笑みでそう呟く。
今日は誕生日だから高めの店でご馳走すると言っているだけなので、七海は誕生日デートだとか考えているだろう。
珍しくこちら側から誘ったので七海はノリノリでとても楽しそうに歩いている。
どこに向かっているのかも知らずに。
もうすぐ家に着く頃になって、ようやく七海は行き先に疑問を抱くようになった。
「優くん…?どこに向かっているの…?」
「ん?まぁ行けばわかるよ」
ここでは適当に誤魔化しておき、バレる前にササッと家に向かう。
「着いたぞ」
「ここって…」
着いたのは優の家で、七海は驚き半分疑問半分といった表情をしている。
「もしかして…おうちデートってこと?優くんの手料理をいただけるってこと?」
「まぁ…そんな感じ」
七海は意外そうな表情をしてこちらを見てくる。
「そうなんだ…。ふふ…楽しみにしてるね♡」
「あ、ああ…ぜひ期待していてくれ」
七海の嬉しそうな表情を見るからに、サプライズはバレていなさそうだ。
有咲に到着の連絡をした後、七海を先に家に入るよう促す。
鍵を開けて、七海に扉を開けてもらう。
「七海さん!」
「「七海ちゃん!」」
「「「七海!」」」
「「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」
「…ふぇ…?」
一瞬に起こった衝撃的な出来事に、七海は思わず顔がポカンとなってしまっている。
大勢からのサプライズでの祝福に、心を打たれたかのように胸に手を当てた後、少し目頭に涙を浮かべながら満面の笑みでみんなに応える。
「ありがとう!!」
そう言ってからは涙が出続け、心配な気持ちが強くなる。
「大丈夫か⁉︎優に何かされたか⁉︎」
「いや何もしてないし!本当にどうした?」
「いや…違うの…これは…自然に出てきちゃって…」
両手で涙を拭いながら声を出している。
そんな七海の心境を察し、全員が七海に近づいて寄り添う。
1分後に涙は止まり、七海は家の中に入って行った。
リビングとの扉を開くと、そこにはいつもとは全然違う景色が広がっていて、またしても涙が出そうになっている。
七海はそれを何とか抑えて明らかに主役が座りそうな席に座る。
全員がリビングの中に入ったところで、突然電気が消されて暗闇に包まれる。
だが一箇所からは光が感じられた。
そちらの方向からは有咲と奈々と翔子が大きなケーキを持って歌いながらやってきた。
「ハッピーバースデートゥーユ〜♩」
3人がそう歌い出した頃に残りの3人も歌い始め、部屋中が七海の誕生日を祝福する歌で満たされる。
ケーキが七海の目の前に置かれた頃に歌は終了し、子供のように無邪気に息でロウソクの火を消していっている。
全ての火が消し終わった時に拍手が起こり、もう一度祝福する。
「「「「「「おめでと〜!」」」」」」
そこでリビングは光を取り戻し、早速奈々と翔子がケーキを切り分けている。
「七海ちゃんはどれぐらい食べる?」
「じゃあこれぐらいで」
「え〜?遠慮しなくてもいいのよ〜?ほら、もっと食べていいのよ〜」
「えっと、じゃあこれぐらいで」
「わかったわ〜」
奈々に押し切られてかなりの大きさのケーキを食べる事になっている。
だがそれに不満はなく、むしろ嬉しそうにケーキが切り分けられるのを待っている。
大きなケーキが切り分けられ、七海の目の前に皿が置かれる。
その他の人も順番に切り分け、全員分が出来たところで用意しておいたジュースを手に取って智が乾杯の挨拶をする。
「七海の生誕に〜乾杯!!!!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
全員でコップ掲げ、七海の誕生を祝ってからケーキを頬張る。
「ん〜!美味しいです〜」
「うん!この甘味、すごく好みかも」
「ふふん、伊達に七海の食を15年管理してきたんじゃないのよ?好みぐらい完璧に把握しているわ」
流石母親と言ったところか。
翔子が胸を張ってドヤっている。
すると急に七海が翔子に抱きつき、少し顔を赤くしながら口を開く。
「ありがとう、お母さん。お母さんのおかげで私、こんなに大きくなったよ」
「七海…」
突然の娘からの感謝の言葉に感極まって涙が出ている。
その光景を見て如月家の4人は感動し、奈々に至ってはつられて涙を流している。
「うう…感動ね〜…。私、こんなの言われたら泣いちゃうわ〜…」
(いや言われてなくても泣いてるじゃん)
自分に言われているわけでもないのにすでに涙を流している奈々に心の中でツッコんでいると、有咲が急にすぐ横までやってきて腕にしがみついてきた。
「私たちもお母さんのおかげで大きく育ちましたよ?こんなに幸せなのも、お母さんがお母さんだからです」
「有咲…」
突然そういった流れになり、ここで何も言わないのも感謝してないように思われるかと考え、優もとりあえず便乗しておく。
「有咲の言う通りだな。母さんが母さんじゃなかったら、絶対にここまで楽しくて幸せな日常は送れていないな」
そう言いながら微笑みかけると、奈々の涙腺は崩壊し、ボロボロと涙を流している。
そこに優希がやってきて、奈々の肩に手を置いて嬉しそうな表情をしている。
(ったく…今日は七海の誕生日だってのに何勝手にこっちで盛り上がってるんだか)
心の中で呆れつつも、優希と奈々の微笑ましい姿を見つめる。
すると横から有咲が顔を耳に近づけてきて、ギリ吐息がかかるぐらいの距離で囁いてくる。
「(みんなと出会えて本当に良かったたですね。もちろん、1番出会えて良かったのはお兄さんですけど)」
今のリビングの光景を見て率直な感想を述べた後に、謎に何か付け足されている。
それは素直に嬉しいが、少しこそばゆいが、何も言わないわけにはいかないのでとりあえず思っていることを口にする。
「ああ、俺も有咲と出会えて良かったよ。有咲が妹で、本当に幸せ__」
「何2人で仲良く話しているの?」
いい感じの雰囲気の時に、後ろから七海が割り込んで来た。
それに対抗するように有咲が前に出る。
「兄妹仲良くお話ししてただけですよ?」
「そう?そんな風には見えなかったけど」
「まあまあ2人とも落ち着けよ。せっかくの誕生日会なんだから、喧嘩は無しな」
そう言うと2人は黙って頷き、席に戻って行く。
有咲が席につき、ケーキを食べ出した頃に七海が身を乗り出して口を耳元に近づけてくる。
「(私も優くんと出会えて良かったよ?今までで1番ね♡)」
どうやら有咲との会話は聞こえていたらしく、対抗するように話してくる。
七海はただ真剣に恥ずかしげもなく言葉を発している。
その言葉を素直に受け取り、正直な気持ちを七海に言い渡す。
「俺もだよ。七海と出会えて良かった」
直後七海は意外そうな表情をする。
「ふふ…今日は素直だね。嬉しいよ♡」
「ま、今日ぐらいはな」
ここで七海が手を握ってきて、満面の笑みを浮かべてくる。
そして、今言われて1番嬉しい言葉を、七海は言ってくれる。
「ありがとう、優くん」




