89 聖女
王都での悪人退治仕事を請け負ったことをきっかけに、あれよという間に男爵家令嬢シーリンちゃんが“神託の神の子”となり、宮廷武官伯爵第二夫人に内定し、家出娘へとジョブチェンジするに至った。
若干の責任を感じずにはいられないところではあるけれども、とりあえず今日は前からの希望と当事者・シーリンちゃんの強い推しもあって、ひとまず“太陽の塔”の観光に出かけることに。
しかし、ここで諸問題の根源である武神様が登場。この国の神様・牛頭人身の太陽神ファール様と極めてまぎらわしい感じで「アイシャ」を名指しして託宣を告げてくれたため、こんどはわたしが面倒くさい目に合うことになったのだが……!
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「新たな大聖女…いや、超聖女の爆誕じゃあ!!」
騒ぐ大聖女様と、乗せられて騒ぐ、周囲の人たち。それを制するように一歩踏み出して、声を張り上げたのはわれらがヤクタ。
「なぁ……、お前ら、その超聖女アイシャは、アタシら3人のうちの誰だと思う? 当てたら、話を聞いてやンよ。」
“話を聞く”は、“言うことを聞く”とはだいぶ意味が違う。そこをごちゃまぜにして、とりあえず相手に話させるヤクタの悪党テクニック。見習うべきところがあるなぁ。
大聖女様たちはいまさら相談している。わたしとしては、それだけでもちょっと傷つく。
たぶん、ヤクタは指名されないだろう。ちっとも聖なる感じはしないからね。そこで、シーリンちゃんかわたし、どちらが「アイシャ」と神様に呼ばれた女か。聖女様が神様の何事かがわかるなら、この二択を当てられるだろうか?
「じゃあオマエラ、せーので指差せ。ハイ、せ~~の、」
ヤクタの手拍子と号令一下、大聖女様と3人の聖女様がそろってシーリンちゃんを指差す。ハイ外れだよ! 腹立たしい、もう帰る!
「シィーリィンちゃん、超聖女就任おめでとう!」
「しないよぉ! みなさん、こっちがアイシャちゃんですからね!」
「おいアイシャ、あの神様すらシーリンの名は出さないでいてくれたのに、お前が公言してどうする。」
ヤクタに足を蹴られて、我に返って後悔。あっ、やらかしちゃった。どうにかして言いくるめないと。聖女様がたはこちらを放っておいて相談中だ。それも、どうだろう。
「雰囲気が軽い…」「見るからに平民だわ…」「不良の仲間がいるなんて、彼女もきっと不良よ…」
うるさいなぁ。
ところでシーリンちゃん。大聖女…超聖女?に就職って、どうなの?ホワイティ?
「恋愛禁止よ?」
ダメじゃん。やっぱり、聖職者だから? あのおばちゃまたちも?
「年に一度のお祭りの日に、王様や大神官様のお渡りがあって一晩過ごしていかれるのよ? 何が行われているのか、誰も知らないことになってるけど。」
「ま゙っ、まぁ! ロマン…ス? 上級者向けだね。」
「王様も大神官様も、いいお年だし、釣り合ってはいるんじゃないかなぁ。だから、男の人にまったく縁がなくなるわけじゃないわ?」
「…次に同じこと言ったら酷い目に合わせるよ?」
そんなつまらないことを言い合ってる間に、向こうも結論が出たみたいだ。
「貴女でも、いいです。仕方ありません。」
大聖女様とやらから、ため息混じりに。史上、これほどの傲慢な回答はあるまい。ヤクタ、シー…ちゃん、逃げるよ!
「ああっ、後継ぎが逃げる!」「待って、行かないで!」「あぁーっ!」
この場にはわたしたち以外、ご年配の女性ばかりなので武神流がなくても逃げ切れるだろう。とはいえ、のんびりしていたくもないので、武神流奥義で駆けだして、閉まっていた扉を押し開く。シーリンちゃん、ヤクタも追いついてくる。が!
ワッ!!
夕日の光と、集った人々の歓声の音圧が叩きつけられる。塔に入る前から3倍くらい人が増えているようだ。噂を聞いて駆けつけたのだろうか。
「聖女様、ばんざい!!!」
誰かが大声で叫んだら、他の人達も次々に同調して大声を上げる。
「新聖女様!」
「若聖女様!! 」
ちょっと、これ、どうすんの武神様! あなたのせいだよ、どうしてくれんの!
シーリンちゃん、あのスカーフのマスク貸して! 自分で使ってるからもう無い? ヤクタ、なにか、顔を隠せるものある?……ほうほう、そのヤクタのシャツの中に、体ごと顔を突っ込む。他の手段はない?……しょうがない、それで我慢するよ。
「はーい、道を開けろよ―。邪魔するとバチが当たるぜ―。ほら、イッチニー、1,2ー。」
外の様子はわからないけれど、よちよち歩く。周囲からは、ひたすら戸惑う気配が何重にも漂ってくる。まぁ、怪しいよね。外から見れば、群衆より頭一つ大きい大女と、その服の中に隠れてる子供と、少し遅れてついてくる覆面の女。
そしてわたしは、頭をヤクタのお乳に挟まれて、暖かさと重量感でクラクラしている。
ちょっと、今日は色々あったからひと休みして、落ち着いて今後のことをまとめる時間が必要だ。




