83 拳固
引き続き、王家の党派政治のあおりを受けて結婚を押し付けられているシーリン・カーレンちゃんを救うべく、お話しを続けます。
その内容は、別のシーリンちゃん、便宜上“ゲンコツちゃん”と呼んでいる彼女に押し付けてやれってだけなんだけれども、なるべく、お互いの得になるように進めたいよね。損得だけでいえば、カーレンちゃんは損をしようというのだから、そんなに難しい交渉ではないはず。
「コイツの言うことは、信じられないだろうが、本当だ。悪夢のような理不尽さだったが、ハーフェイズも認めている。」
べ太郎も保証してくれて、ついでに先日の出来事の補足説明もしてくれた。相変わらず発言に棘があるのも、もういちいち構ってられない。スルーだ。
「押忍、お話、全然わからないっスけど。ハーフェイズさまは憧れの人なんで、もしお嫁さんになれるならとっても嬉しいっス。それで、ジブンは、何をすれば?」
「俺を見るな、そっちの武神娘に聞け。」
「あー、はいはい、べ太郎はいちいち憎まれ口叩かないの、いいトシなんだから。
で、ゲンコツちゃんは街の世評で神の子・第一候補らしいから、評判を活かして義勇軍を集めてほしいんです。実際のリーダーはハーフェイズさんになるように“説得”しますから。
それで戦場で、主にハーフェイズさんが活躍したら、これぞ天啓のお似合いカップルよ、って評判になって、カーレンちゃんのほうの結婚話は流れて、民衆の後押しで“真の神の子・シーリン”ゲンコツちゃんとハーフェイズさんの夫婦が出来上がるって寸法。どう?」
チラリ、目配せを送ったカーレンちゃんもうなずいて、
「義勇軍の兵糧とかバックアップはこっちに任せて! 冒険者ギルドとかに“救国の志を持つものよ、神託の乙女の下に集え!”とか張り出したら、充分集まるんじゃない?」
「押忍……押忍! 押忍!!」
聞いていたゲンコツちゃんも前のめりで、目をキラキラさせている。ふと、何か思いついたように眉を曇らせて、ひとつ質問。
「それは名誉なことで、ありがたいっスけど、押忍。その、武神流さんは、それでいいんスか?」
ん?わたし? いいよ、3日前に王都に着いたばかりだから、もう少し、できれば1ヶ月くらいのんびり観光とかしながら先のことを考えたい。ああ、アーラマンちゃんたちは行きたかったら行ってくるといいと思うよ。ハーフェイズさんに雪辱を晴らしたらいい。
*
この場の人物の多くは乗り気とは言えない雰囲気だったけれども、いちばん肝心なゲンコツお嬢様の超やる気に引きずられて、道場を挙げて義勇軍の組織に乗り出してくれることになった。
元々、降って湧いた心当たりのない神託にひたすら戸惑っていた所に、納得せざるを得ない証人付きの解答が出て、それ自体はしょんぼりな話だった。しかし、この賭けに乗って上手く行けば、神話レベルの栄誉が舞い込んでくる。
ゲンコツちゃんのヤル気は彼女の淡い恋心に根ざしたものだとしても、周囲の大人たちにとっても、事情は知らないけれども、動くに足る何事かがあるようだ。そりゃあ、この尾羽うち枯らし感のある道場だもの、罠に嵌められるような覚えもないでしょうし。
気がかりがあるとすれば、ハーフェイズさんがシーリン・カーレンちゃんの大きいおっぱいに目がくらんで、邪念で婚姻をオファーしていた場合。これだと、ゲンコツちゃんの乙女心が死ぬことになる。もし、そうなら、わたしが裁く。そして捌く。そんな誰も得しない展開にはならないよう、祈ろう。
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普段、お気楽に生きている割には妙なところで小知恵が回るアイシャである。話し合いには満足できる結果を得て、案内役のアーラーマン、ベフランとは現地解散して、シーリンの家まで戻ってきた。
「なるほど、考えたもんだ。…で? それが上手く行ったら。その後、シーリンはどうすんだ?」
寝床から這い出てきたヤクタが、あらましを聞いて素直な意見を口にする。
「どうって?」
「いや、別にアタシは関係ないンだけどよ。シーリンは、親父さんの命令に背いて、家業を継ぐわけでもなく、結婚しないで、剣術も使わないで。…その後、どうすンのよ。」
「でもでも、女の子を蹴り倒す男の第二夫人なんて論外だしぃ? …どうしようアイちゃん。」
「あらやだ、考えてなかったの? でもいいじゃん。わたしとヤクタと一緒に、何かやって出世して、面白おかしく生きていこうよ。きっと、どんぐり拾い以外のなにかで生活できるって!」
案外にヤクタがシビアなことを言うのでショボくれてきたシーリンとアイシャ。
「ほら、体調悪い人は、ついついネガティブなことばっかり言うけど、実際は大したことないから!」
アイシャの妙なフォローも、シーリンに届いているのか、否か。返事は聞かずに、
「それより、さ。わたし、“太陽の塔”に登りたかったんだよ!明日、行けるかな? シーリンちゃん、予定空いてる?」
「登れないよ? 下から見るだけ。中に入れるのは聖女様だけなの。乗合馬車を使えば日帰りで行けるわ。私もまだ空いてるから、行きましょ。ヤクタさんは?」
「アタシも、今の調子なら明日は大丈夫さ。行くぞ。今の口ぶりなら、ひょんなことでアイシャは入れそうだからな。見逃せねェな。」
表情を輝かせるアイシャ、血色は死んだままニヤつきを大きくするヤクタ、狼狽の度を強めるシーリン。予感はそれぞれに持ちつつ、実際にどうなるかは、当たってみたその時次第だ。




