82 道場主の娘
わたしも、どうしてこうなったのか把握しきれていないのだけれども、カムラン武神という神様の神託が元で、友達のシーリンちゃんに降って湧いた“天剣”ハーフェイズというおじさんとの結婚話と“神の子”の称号を他人に押し付けるべく、カムラーン兵術道場の娘さん、“がんばり屋”シーリンさんを訪ねてやって来ました。
そこで、早速の手荒い歓迎。原因は、道案内役の武神流道場師範のアーラーマンちゃん。何やってんの、あなた。
「王都広しといえども、いくつもある武術の道場が仲良し小好しでいられるほどではありませんでしてな、ここ百年は互いに良くいって仇敵、悪くいっても仇敵、といった具合で。
先日のマイ夫人のサウレ流、あれなどはよほど万策尽きた上のもので、事実が広まれば今後二、三十年はかの道場は日陰者、浮かぶ瀬がありますまい。
で、その解決に動いたカムラーン兵術のハーフェイズ、それに加えてかの神託。
このカムラーン兵術道場は、若き英雄・天剣のハーフェイズが王宮に召し上げられてから20年、ずっと人材不足で、高まった名声とは裏腹な弱小勢力という世評で落ち着いておったのです。そこに、かの神託を聞いて、夢でも見ておったのでしょう。そこに我が来たもので、すわ、嫉妬に狂った武神流が先手を打って道場破りかと、見苦しく慌てて。つまらぬ奴らですな。」
事情はうっすら把握できた気がするけれど、じゃあ、どうするのよコレ。
あ、門が開いて10人くらい、剣を構えた人が出てきた。武力は、パッとしないねぇ。真ん中奥の女の子が道場シーリンちゃんかな。すごく緊張してるみたい、かわいそう。
こっちのシーリンちゃんは、我関せずの表情。あなたの結婚話だよ?他人事でいいの?
いや、わたしも、眺めていても仕方ないね。じゃあ、わたしから挨拶しようか。うえぇ、人前に立つの嫌いなんだよ、イヤだなぁ…。
*
「こんにちはー。こちら、カムラン流の道場さんですよね。わたし、アイシャっていって、王子様とはアッちゃん、サッちゃん、アイシャ、って呼び合う友達の者です。ちょっと、あのお告げの件とかでお話があるんですけれど、どうでしょう、お話できませんかぁ?」
あー、これだけ喋るだけでも汗かいた。喉が貼りつくみたい。シーリンちゃん、お水持ってない?ある?ありがとう。さすがだね。
向こうは、すごく疑って話し合ってる。アーラマンちゃん、肩をすくめてないで。どんなに嫌われてるのよ、あなた。
…おや、しびれを切らしたのはこちらサイドの、ベ太郎だ。親しげに歩いていって……話をつけてきた。え、なに? もとから知り合い?
「俺はな、そのハーフェイズを王宮にスカウトするときに、この道場との交渉をしていた古馴染なんだ。ここで半端な問題を起こされるより、貴様を見張って、なるべく問題を小さくまとめる方向で手を貸してやる。いいな。」
恩着せがましく偉っそうに、べ太郎がこの場を取り繕ってくれました。そして、奥の間に移動して、話し合いをさせてもらえることに。
まてよ、そのスカウトって20年前ってアーラマンちゃんは言ってたよ。べ太郎、30代半ばだと思ってたんだけど。若い、10代の、まだ今ほど草臥れてないべ太郎と、ハタチそこそこのハーフェイズが貧乏道場から夢を語り合うシチュエーション、良くない? ねぇ、シーリンちゃん。
「良いですね! 魂が共鳴します!! 押忍!」
あ、道場シーリンちゃん、あなたじゃないけどあなたでもいいや。でも男爵シーリンちゃん、草臥れ果てた男たちの若きあの日の友情みたいなの、いいよね!?
「お芋みたいに言わないで。あと私は、そっちはジャンル違いかな。」
冷たいなぁ。まあ、好き嫌いはあるよね。
「押忍、あの、そちらの方もシーリン……さん、なんですか?」
「ああ、そうそう、その辺を、これから相談させてもらおうと思って。」
*
表玄関から道場の広間を通り抜けて、中庭が見える応接間の部屋に通される。床も壁も、どこもかしこも黒ずんだ薄暗い建物だ。重厚な設え、ともいえる。
応接間には、わたしと2人のシーリンちゃん、べ太郎、アーラマンちゃんとあちらの道場主さんとその他数名。
道場主さんは、ここ数年、健康を害しているそうだ。病気がちな主に代わって、その娘・シーリンがベテラン師範代たちのサポートを受けながら仮師範として、細々と道場経営をしているらしい。
その道場シーリンちゃんは、15歳と聞いていたので年齢も近いし、勝手に親近感を抱いていたけれども実物はかなり大柄で、げんこつを握り固めて目口をつけたようなお顔だ。お目々が丸くて独特の愛嬌があるのと、声がまた意外にかわいいので、わたしの中ではゲンコツちゃんと呼んで区別することにしよう。彼女ならハーフェイズさんともお似合いだ。
ついでに、こっちのシーリンは、ここでは名字でカーレンちゃんと呼べばいいでしょう。
「本題から入りますけれども、先日のお告げの、カムラン神の子というのはこちらの、男爵家のシーリン、カーレンちゃんのことなんですが、正直な話、彼女、迷惑してまして。替わってもらえたらなぁ、って。」
誠心誠意のお願い。なのに、道場主さんはあんぐりと口を開け、ゲンコツちゃんは要領を得ない顔。べ太郎は顔いっぱいに青筋を立てて震えながら、
「お前、何を企んでいるのかと思ったら、そんなくだらん……」
「くだらなくなんかないね。やりたい人がやるのが一番だよ。ハーフェイズさんの第二夫人、だとかさ。人を舐めてる。ゲンコツちゃんはどう思う? ハーフェイズさんのお嫁さんになっちゃうけれど。」
「押忍! お、お嫁さんの件、詳しく聞かせてほしいっス! それと、ゲンコツちゃんって何ッスか!?」
あ、勢いにまかせて本人の前でゲンコツちゃんって言っちゃった。まあ?でも? ゲンコツちゃん、強そうだから、いいよね。ダメ? それより話を先に進めよう。
メリークリスマス感があるような無いようなお話になりました。
もうひとつ寝るとメリーですね。きっと君はメリー。




