69 お宅訪問2
アイシャには子供時代から納得できていないことがある。憧れの、ピンクのフリフリの服が自分には何故か似合わないのだ。
彼女のやることには“褒める”か、“超褒める”しかしないユースフ父もライ兄も、ピンクを着たアイシャには困ったような顔を見せたものだ。
「目がおっきくてパッチリしてるから、その色とピンクがケンカするんだよ。髪色も、もっと明るいか暗いかでないと色がぼやける」と、いつになく冷静な意見をする兄に当て付けて、その日は帽子に髪を収めて、目をつぶって過ごした。我ながら、一日じゅう目をつぶるのは本末転倒もいいところで、結局ピンクは諦めた苦い過去の話。
メイドのお姉さん方のオススメドレスは白と緑だったが、白・黒はヤクタが着そうな雰囲気だし、緑は地味な気がして、オレンジの花柄のふわふわに決めた。
髪も編んだり結ったり毛先をカールしたり、いままでになく豪華。メイクもオーガじゃなく、あくまでカワイイ方向で揃え、出来上がり。同じ頃、ヤクタも仕上がって、シーリンとその家族が待つ居間へ意気揚々と足を運ぶ。
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シーリンちゃんは、雑にしていた髪型もきっちり揃え、藤色の絹のドレスに身を包んで、すっかりご令嬢様スタイルを取り戻した様子。居間には、そのシーリンちゃんの両親と姉、その夫と2歳のお子さんも一緒に出迎えてくれる。
実はシーリンちゃん、2人姉妹の妹だったんだね。そんな事も知らなかった。水くさいなぁ。
両親さんは温厚そうな、いかにも中年貴族といった出で立ち。
お姉さんだという人はふくよかめの妹と違って痩せていて、神経質そうな顔つきだ。姉妹仲はあまりよろしくないのか、こちらに向ける視線も友好的ではなかったりする。もっとも、子育てで疲れているだけかもしれない。どうであれ、関係を詰めていく必要もないでしょう。
その旦那さんも痩せていて冴えない感じだけれど、ギャンブルとか暴力とか無縁そうな、篤実なお婿さんを絵に描いたよう。でも、こういうのは油断ならないよ、たぶん。
そしてお子さんは男の子。かわいい。笑って手をふると、ニッコリして手を振り返してくれる。かわいい。それを見たヤクタが一歩動いたら、怖がってお母さんの影に隠れてしまった。ヤクタ、罪は重いよ。
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「こちら、武神流のアイシャちゃん。サディク殿下子飼いのスゴ腕マルチエージェントで、今回は私の護衛をしてもらいました。」
まず、シーリンちゃんがわたしの肩を抱きながら親族に紹介してくれますが。
「なにそれ。どういうこと?」
「いろいろ難しいけど、アイちゃんのやってることを、普通の人が納得できるように説明したら、そうなっちゃうんだよ。潜入、救出、暗殺、護衛、何でもやっちゃうスペシャリスト。」
無理だって。とは言いたいけれども、ただの庶民のお友達枠ではこんなおもてなしも期待できなかっただろうから黙っておく。
「こちら、ヤクタさん。アイシャちゃんの、仲間?家来?保護者?お姉さん的な。」
そうだね、ヤクタの立場もなかなか他人に説明しづらい。まあ、いまの説明で納得してもらえるなら、それでいいと思うよ。
そんなヤクタのドレスは、最初、目線の端で白か黒かで揉めていたのを見ていたのに、なんとビビッドなワインレッドで、ピッチリして体のライン全出し、露出も多く、下品になる寸前でメイドさんたちの腕前でもってカッコよく攻めたファッションにまとめている。
最初に会った第一印象ではもっと横にも広かったから油断してた。美しいじゃないか。いつの間に痩せてたんだ。やばい、負けるかも。審査員をまるめ込まないと。
そういったところで、シーリンちゃんパパ、男爵様からご挨拶。
「アイシャ殿には、娘のために遠方からご足労をおかけして、誠にありがたく、かたじけなく存じています。先に手紙で伺っておりましたが、これほど可憐なお嬢様とは想像だにせず、お連れ様も大変美しく、神力のめぐり合わせとは斯くなるものかと感嘆するほかございません。
シーリンは死んだと聞かされておりまして、家中が悲嘆に暮れておりましたなかサディク第3王子殿下にお助けいただき、貴重な戦力を割いてまでお送りい下さいましたこと、感謝の念に堪えません。
我がカーレン家は宰相閣下、ひいては王太子殿下からひとかたならぬ御恩を受けておりまして、家ごとの鞍替えは難しゅう存じますが、シーリンは商売の才ありと他家からも認められておる者。どうか、お役にお立てください。」
なにか、お礼を言われたみたいなので、ウフフ、ありがとうございますワ☆ と返辞しておいてから、シーリンちゃんの袖を引いて「ナニいってるかわかんない、説明して。」
「まず、助けてくれたことには感謝している、って。すごく仲良し家族じゃなかったけど、私が思ってたよりも情を持っててもらってたみたいで、その事がわかって私は泣くほど嬉しかったし、連れてきてくれたアイちゃんにも感謝だよ。
それはそれとして、ウチはあのスパイ、ベフランさんの主人の宰相さんの派閥で、王太子派・穏健派だから、いちおう政敵になるサディク王子様の関係者に対しては、大っぴらな感謝はし辛いの。
だから、私は今まで派閥内で嫁ぐか婿取りするかの結婚話だったんだけど、第3王子派の誰かに嫁ぐことにされて、言ってみれば実家から切り捨てられたようなものだけど、ある意味自由ができたのよ。
お父様が言ったのは、サディク王子様の手下で私の結婚相手にオススメがいたら教えてくれ、っていう意味。“考えておきます―”くらいに言い返してもらったら構わないわ。」
難しいな。ヤクタ、分かった? 聞いてないな、一緒に聞いておいてよ、もう。
王子様の手下の知り合いなんて、あの色男と爺やくらいだもの。爺やは無いとして、色男、たしかファリス、ファリス子爵ね。彼とシーリンちゃんか。
いまのシーリンちゃんは、山鳩色の髪をスッキリと結い上げ、藤色のドレスはシュッとして、ヤクタほどではないけれど二の腕もおヘソも出してて、よくあのお腹を出す気になれたもの、アレ?
「え、シーリンちゃん、痩せてる? ふくよかで良い部分はそのままに、そうでない部分がぺっこりしているよ?なんで?詐欺だ!」
「ふっふっふ、つらい旅路で痩せたのよぉ。あるいは、カムラーン武神流局所ダイエット。ほらアイちゃん、おなか触ってみて。筋肉になってるでしょ。」
ズルい、ズルすぎる。興味ないふりをしておいて、ちゃっかり必要なことだけ利用するとは。
「アイちゃんとヤクタさん、勝負してるんだって? 私も電撃参戦するわぁ。美少女勝負。お姉様も参加なされます? しない? じゃあ、審査員役をお願いしますわ。」
失敗したな、シーリンちゃんを審査長にすればわたしの勝ちになったのに、まさか邪魔してくるとは。いや待て、この着飾り対決、勝負内容はまだ曖昧だぞ。最下位は絶対避けたい。なにか手を打たないと。
「ヤクタは、いつ痩せたの?」
「お前と会う前は量を食うのも仕事の内で、メチャメチャ食って太ろうとしてたんだよ。今は、食いたいだけの量で済ませられるから楽だが、かなり痩せたな。鍛えねェと弱くなりそうだ。」
美容の問題じゃないのね。




