68 お宅訪問
荘厳。重厚。古めかしい。色がなくて黒ずんでいる。そんな、王都の大城門をくぐっていく。
王都は、古い街だ。比較的新しいイルビースの街が、これを参考にしながらも、もっと軽く、現代風に明るく見せたいと作られたことがわかる。
そんなことを、馬車の隣の席でいまだ書類とにらめっこしているシーリンちゃんに言ってみたが、「あぁ、そうよね、うふふ。」と、意味深な返事を受ける。
短いトンネルをくぐり抜けると、広い空。そして、色彩が眼前にあふれる。
確かに古い大城門はいかにも古めかしいけれど、町の建物は新陳代謝激しく、古くなっていく前に最新モードに切り替えられてゆく。商店はそうでなければ生き残れないし、民家は税金が高いのでちょっと稼ぎが悪くなれば外郭へ引っ越し、新たな住民が小金を貯めておしゃれな新居を構える。そうして、常にきらびやかで若い街が維持されることになる。
…っていう解説。ふぅーん。馬車の窓からじゃあんまり見えないや。
つい、車のドアを開いて顔を突き出し、あっけにとられた顔を晒す田舎娘は、同席のご令嬢に「お上りさん全開で恥ずかしいから、首を引っ込めてなさぁい」と注意を受け、大赤面しつつ首を引っ込める。後から、好きなだけ見られるからね。そうは言われても、どうだか。たくらみは、今現在も進行中だ。
*
行けども、行けども、人家、人家、商店、お屋敷。半日、キラキラではあっても違いが微妙でしかない風景を揺られながら進んでいるうち、眠っていたらしい。西日をまともに受けて目を覚ましたとき、目的地に到着した。と、そう聞かされた。
「よぉうこそ、アイちゃん、ヤクタさん。アーラーマン師範さんも。こちら、我が家、カーレン男爵邸になります!
「お屋敷じゃないですか……そういえば、あのスパイさんが慇懃無礼な感じで、わからないことを言ってましたね。男爵令嬢……本当にお貴族様なんだね、シーリンちゃん。」
「アタシは聞いてなかったが、結構なこっちゃねぇか。厄介になるぜ。」
その屋敷は小洒落た柵と門に囲まれ、前庭は初夏の花に包まれ、それらを通り抜けた先に軽やかな佇まいで建っている。防御の構え、重厚、厳しさなどを感じさせないよう、細心の注意が払われているのだが、それはどういう気持ちの上のものだろう。はじめは普通に綺麗だと思ったが、だんだん不安になってきて、本音を言えば貧乏なんじゃないか。アイシャとヤクタは首をひねる。
「商会のお店の方はもぉっとガッチリ警備してるけどね。王都の治安が悪くなってるって言っても、お屋敷が襲撃されるほど無法じゃないわよ。」
見栄張りとかガンバリとか、警戒心とかが表に出ちゃうとダサいから、なるべく軽く見せるのが今の流行りなの。そういうシーリンの言葉が、地方の貴族イメージと合わずに、やっぱり金で飾れない貧乏なんだろうと、アイシャとヤクタは視線を交わす。
そのままシーリンは上等っぽい家人に連れられて行き、アーラーマンは書類にハンコをもらって去っていく。マイ夫人は一般の客人用の部屋に通され、アイシャとヤクタは普通っぽい家人に案内されて、まずは風呂で旅塵を洗うことに。そしてお着替え、しかる後にシーリンちゃんパパママとご挨拶の流れになるという。
ヤクタ、今度は逃げちゃダメよ。すでに油断なく逃走路を見定めている相方を目線で牽制する。
「ヤクタお姉ちゃん、ずっと一緒だよ?」
「コワイ。なンだよ怖ぇえよそれ。」
*
「なんだか最近、日替わりで人生最大の恥を更新してる気がする。」
「おいおい、こっちのメイドさんに制裁を加える気かよ。風呂は上等でキレイだったんだから許してやれよ。」
「お風呂はよかったし、制裁なんてしないよ。あのヤツと違って、敵じゃあないんだから。それにしたって……」
「今までがぬるかったンさ、多分。まぁ、良かったんじゃね? 勉強になっただろ?アイシャ、勉強好きじゃん。」
「体の洗い方なんて、お父ちゃんとお兄ちゃん以外から教えてもらえないし。2人ともそんなにデリケートな人じゃなかったし。でも、それにしたってさ。ヤクタはなんで詳しいのよ。」
「アタシは小さい頃、親父が連れてきた娼婦に教え込まれたな。」
「ヤクタはずるい。何を聞いても人生がヘヴィすぎる。」
「バカ、何がズルいもんか。それより、次はお楽しみのドレス選びだろ。」
「そうだった。街のお祭りで着た、擦り切れた民族衣装じゃない、貧乏でもなさそうなお貴族様のドレス! 」
メイドさん数人ずつに徹底的に体と髪を洗われた後、バスローブ的な服を着せられながら他人様にお聞かせできない愚痴を垂れ流す2人。しかしメイドさんたちは嬉しそうに、楽しそうに世話を焼いてくれた。
そんな人の良いメイドさんたちのリーダーが、改まった感じで語りかける。
「私たち、偶然にもちょうど半々で“ヤクタ様を麗しく着飾らせ隊”と“アイシャ様を高貴で可愛らしくさせ隊”に別れましたので、2班で対決することになりました。
つきまして、お二方には思う所もおありでしょうが、お付き合い頂きたく。」
「対決! そうか対決か、対決なら仕方ないな。勝負だアイシャ、次の敗北がお前の人生最大の恥になるぞ!」
何の勝負かは気にもとめず、対決のひとことで頭が沸騰する人もいる。
アイシャはそこまでノリが良い方ではないが、皆が楽しそうにしている中で頑固にシラケている強さもない。せいぜい、盛り上がっているメイドさんたちに愛想笑いを振りまいて「お願いしますねぇ…」と身を任せる程度に参加するくらいだ。
でも、やる気十分で向こうサイドのメイドさんと相談するヤクタを見ていると、女として彼女に負けるのは癪だなぁと、ちょっぴり気合を入れ直すアイシャだった。




