67 王都の話
その日の夜、全員を集めて作戦を練った。六人衆はわたしの弟子なので拒否権はない。今から彼らは事件の調査に走り回ってもらう。とはいっても護衛の仕事でもあるから、アーラマンちゃんだけ残って護衛完遂の手続きを済ます。
聞けば、道場にはもうすこし門人がいて、愚連隊もどきの自警団とは別の、いわゆる冒険者としての見回り警備の仕事などしながら、師範の帰りを待っているらしい。その人たちならなにか知っていることがあるかもしれない。
道場はもっと辺鄙なところの外郭都市の中で、シーリンちゃん家からよりもここからのほうが近いらしい。急いで、頑張ってね。
ヤクタとわたしは、明日夕方にシーリンちゃん宅についた後、夜に動き出す。六人衆と合流して、集まった情報でスピード解決を図る。シーリンちゃんはマイ夫人を匿ってから、できればカムラーン流でバトルに参加してほしいけれど、その場の流れ次第で。と、いうことでどう?
「私は、仕事してきた彼に、ふんぞり返って“ご苦労!”とでも言ってやれば溜飲はじゅうぶん下がると思うんだけどなぁ。“3日は待たない”とか言っちゃったし。どうしても自分で制裁しなきゃダメ?」
「わたしは、頼まれてないんだよ。あの男、自分の立場と言いたいことだけ言って、“わかるだろ?”みたいな感じで、アレしろ、とか、コレするな、とか具体的には一言も。だいたい、主にシーリンちゃんの方を見ながら喋ってたし。だから、わたしがいうこと聞いてあげるいわれはないんだ。」
「うむ、アイシャが正しいとアタシも思うぞ。舐められたら負けさ。負けたら、オマエ、ダメだぞ。死んだりするからな。」
ヤクタは感覚派だな。でも、頼れる味方だ。六人衆は「姫様の仰せのままに」ということで早速、動いてもらう。
*
現在地は、王都の南街道外郭都市の王都側一等地の宿。昨夜の宿は田舎の宿場と大差なかったけれども、ここまで来れば都会的でお洒落なホテルだ。4階ベランダから見る夜景は天にも地にも星空が広がっているようで、王都ってスゴイ!って感心しちゃう。でも、ここはまだ外郭都市。
手習いの先生が教えてくれたことを思い出す。王都は、アルタリ河、この国の“動脈”の名を冠する大河の流域の要所に拓かれました。河沿いの肥沃な平野を農地にして、その農業地帯を北に見下ろす広大な台地が、今ではまるまる王都なんだって。
“塔”は都よりも古くて、いつ誰がどうやって建てたともしれないのだけれども、都ができたときは都の中心は台地の北の端、“塔”は都の外だったって記録があるのだとか。先代王朝のときに不便だけど防衛のために都の中心を塔の近くに移した、のが歴史だそうだ。
その国が滅びて今の王朝になってから、いろんな技術で頑張って台地の上じゅうを運河が網のように張り巡らされるようになって、便利になったから都は際限なく広がっちゃって、今みたいになった! 先生が言うには、だよ。わたしは知らないよ。
で、今の王都は“塔”を中心にして、半径・馬車で1日分くらいの距離を大城壁で囲んでいて、これが王都中央区。その中に貴族街、商人街、職人街それぞれ上流、中流、下流など区分けされつつ、最近はなし崩しに曖昧になってきてる?難しいよね、あの先生のいうこと。
やがて中央区の城壁と城門の外に、街道や運河の便利のいいところから順に無数の外郭都市ができて、はじめはそれら同士の争いもあったから城壁めいたものでそれぞれを囲んでいたが、社会の発展とともに外郭都市も広がっていき、結局、イルビースの下街のように中心部を囲むひとつの巨大都市となったのである!
なお、各々の外郭都市が勝手に建てた壁が、今でも行政区の範囲になっている。「南街道外郭都市」や「○○家開削運河外郭都市」のように名付けられた各区は、多少の自治まで認められているのだ!
…ですってよ。
*
「なンだそりゃ、ガッコーの学問かぃ。」
「学問までいかないよ、読み書きそろばんの手習い塾で先生が言ってたこと。笞を振り回す怖い先生だったからわたしは真面目に聞いてたけど、覚えてるもんだね。」
隣にはヤクタがいて、いつも通り、とりとめも他愛もないようなことを話している。ちなみに、ヤクタも王都は初めてだそうだ。
シーリンはお家から手紙が届いて、書類の処理に追われている。彼女、本当にカムラーン武神の技は無かったことにして忘れるつもりだろうか。そんなこと許してもらえるの? 大丈夫?
明日には、昼前に城門をくぐって中央区に入り、夕刻前には到着の運びになるらしい。この5日、長かったけれど、やっと一段落だ。
とは言っても、そのあと新天地でどう生活するか考えなきゃだし、それでなくてもすぐに、ひと騒動ないわけにもいかない準備を今も着々と進めてもらっている。うーん、気が重くなってきたぞ。あのときはカッカしてたから、ちょっと無理めに話を通した。でもやっぱりシーリンちゃんが正解だったのかな。怒るのって、続かないよね。
ずっと怒ってる人ってどうしてるんだろう。あ、専門家の人がいた。ヤクタさん、どうですか。
「アぁ? 腹が立ってぶん殴るのと、始末をつけるのは別だぜ。始末をつける方は、面倒くさい仕事さ。しないわけにもいかないから、本当に仕事だったさ。
しち面倒くせえ事させやがって、と思えば腹も立つが、腹が立った瞬間に適当な馬鹿を殴って怒鳴ればスッキリするしな。元凶のボケを埋めるときには面倒くせぇ、面倒くせぇって思いながら、もうキレる材料もねェからウンザリしきったまま指示出ししてたぜ。」
おお、倫理観よ。生きる世界の格差よ。
嘆きはするものの、それでもあの、もう名前は忘れたけど、あの男をそのままにはやっぱりしておきたくない。なにか、思い知らせてやりたい。
心は乱れるけれども、今は六人衆の5人に動いてもらっている状況だ。何かあったら、もしくは何もなかったら、それはその時。今日はもう寝て、明日考えよう。
「そういえばオマエ、オーガの戦化粧はそのままにしておくのか? 六人衆のウケも良かったよな。いや、まぁ、アタシはどうかと思うが、」
「寝る前には落とすよ。技術としては学ぶべきものがあるし。自分でも練習してから、ね。」




