63 女
朝日が眩しい。すでに王都の領域に入ったらしいけれども、この辺りはまだまだ田舎町の風情だ。宿も、それなりのものだった。満足感は低い。とはいっても、ここから先はずっときちんとした広い舗装路が続いて、人家の列が途絶えるということはなくなるらしい。
それでもまだ旅は4日目、目的地まではあと1日半の距離。本来なら5日目の午前中に到着の予定が、半日ズレて夕刻の到着予定になったらしい。そのままシーリンちゃんのお家に泊まっていいって言ってもらっているので、わたしもヤクタもそれでかまわない。
昨夜は、王都にちゃんと到着する前に、この辺で見えた諸問題を解決して名を売るべきではないかと話し合いをした? けれども、なんだかんだ、そんな必要はないことに結論がついた。
治安とか、盗賊とかは、放ったらかして行くよ。ごめんね、この辺の住民さんたち。
「じゃあ、じゃあ、噂の“太陽の塔”も、そろそろ見えてくるの?」
「まだだよぉ。王都の城門をくぐってもまだ見えない。実家の屋根に登ったら、天気が良い日はうっすら見えるわ。そこからでも歩いて1日以上かかるからね。王都はムダに広いのよ。」
“太陽の牛神の塔”、または“太陽の塔”っていうのは王都の王城を凌ぐ最大の名所で、牛神様を讃え奉る高い高い塔のことだ。一度見てきたお父ちゃんが言うには、ヤーンスの町庁の城館の倍よりずっと広くて、真っすぐ天にのぼっていって、遠くから見ても近くから見ても天辺の辺りは靄っててよくわからないほど高いのだとか。
全体は白くて、金細工で飾っていて、どう作ったものか、上にいくほど金の割合が多くなって、陽の光を受けて、朝日や夕日を浴びる場所ではそれはそれはキラキラしていて、王都では喧しく騒ぐ人へ「ザフル!」って罵るくらいに強烈な存在感なのだとか。
シーリンちゃん、合ってる? ホントに合ってるの? そうなんだ。
お父ちゃんも、お前が大人になるまでに一緒に見に行きたいなぁって、酔っ払うとよく言ってた。楽しみだけれど、わたしだけで見ちゃっていいのかなぁ。仕方なくても、気が引けるよね。
進む馬車の外では「重槍稽古ォ! セイ! ウリャ! ソイ! トリャァ!」と六人衆が騒音を撒きつつ丸太をぶん回しながら歩き、周囲の通行人たちに迷惑をかけている。何故かヤクタも参加していて、七人衆だ。暇なんだね。
わたしは2,3日ぶりにお父ちゃんのことを思い出して涙ぐみながらしんみりと窓の外を眺めているところに、シーリンちゃんから。
「アイちゃんって、すでに魔性の女の片鱗を見せているよね。」
マショー?
「パパさんがやたら甘いのは、ウチはそうじゃないけど、町方なら普通かもしれない。でも、王子様もアレだし、その後に寄った村のスパイのおじさんも、仲間ともども籠絡済みだったんでしょ? イルビースの叔父さんとやらも、アレちょっと執着の度合いが叔父と姪のそれじゃなかったし。それに、門番の衛兵が顔パスで通してくれるって異常だしぃ。外の六人衆も、私が“お嬢さん”で、アナタが“姫様”だもの。世が世なら、傾城傾国の美女と呼ばれる素質150%だよ。」
ああ、その魔性。そんなこと言われたの、はじめてだ。ヤーンスの町では赤ん坊のようにカワイイ、カワイイとは言われていたけれど、モテ女の例からは遠かったから。都会のモテは違うらしいとはいうけれど、急に言われても困る。
「プーヤーちゃんに気がありそうな素振りを見せたのも、逆にまるで靡かないから、ちょっかい出してみたくなったんじゃないの?」
わたしを何だと思ってるんですか。そんなの、なんて言ったっけ。あば、阿婆擦め、そう、それじゃないの。え、言葉が違う?いや、言葉じゃないの。傾城の美女とかじゃ、わたしは、無い。OK?
それに、あれでしょう。男と仲良くできれば魔性なら、今お外で仲良くやってるヤクタこそ魔性でしょう。盗賊仲間は彼女の取り合いをやってたらしいですわよ。…いや、ちょっと無理があるなぁとは自分でも思いながら言ってるんですけれどもね。
魔性、ねぇ。言われて悪い気もしないかもしれない。サッちゃんの手くらい握ってみたらよかったかな? シーリンちゃーん、練習さーせーて。にぎにぎ。
ドキドキはしない。役に立たない女だこと。
「あの掛け声が響いてるなかで、恋のドキドキの再現は無理だと思うよ。」
「確かに、そう。」
*
「ウオォー、ゥオイッ!」「セィャッ!」
「ヌヮァー!」「トォーゥリャッ!」
どういう意味があるのかはわからないけれど、重低音がビリビリと、振り回される丸太がゴウゴウと空気を響かせながら馬車が進んでいきます。
さすがに、今この馬車を襲おうとか、ちょっかいをかけようとかする悪人がいるとも思えない。凄腕の護衛だ。それはそれとして、うるさい。暑苦しい。なんか臭ってきそう。
あんなの5分もしないうちに、いや、15分もしたら、1時間も続けたら息切れするだろう、と思って我慢しているうちに、ノンストップでもう3時間。私もシーリンちゃんも彼らより先に眩暈がしてきたので、昼食には早いけれども休憩。
あんなに威圧する必要は何処にもないけれども、先日、ヤクタと一緒に歩いたら自分が避けなくても向かいの通行人の人から避けてくれるのが楽しかったので、わたしも威圧術をちょっと考えたほうがいいかも。
そんな生ぬるい気持ちで、揺れない地面の上の椅子に腰掛けながらまだ稽古を止めない六人衆を眺めていると、人混みの中からフラフラと、しかし必死の面持ちで彷徨い出てきた人がいる。
いかにも疲れ果てた感じの、痩せた中年女性だ。わたしたちの方を見て一瞬戸惑った表情を浮かべるも、アーラマンちゃんの足下に土下座する。
「夫と子を……お助けくださいまし!」
なるほど、あれだけ強そうな様子を見せていれば、知らない人から頼られることもあるよね。
地理的な表現で「田舎町(あきる野市)」と書きましたが「いわゆる都内には入ったけれどもまだ都会じゃない」という例えです。意外に、説明しようとすると文字数がかかるので、精一杯短い表記にしました。
あるいは、この世界の言語で、そういう街を“アキル野”と呼ぶとかでご理解ください。
あきる野市在住の方には申し訳ありますん。




