61 置き手紙
武神流で身を立てるならば、そんなにのんびりとは構えていられない気がする。
気がする、とは命がけで無茶をしようとするにはいささか頼りないことばで、シーリンは難しい顔をしている。ヤクタも渋い顔をしているが、ちょっと理由が違うらしい。
「武神流、アテにならねェの? シーリンの他所流には余裕で勝ってただろ。」
「そういうのじゃなくて。武神様の力を持たされている人がもっと増えたら、わたしなんて目立たなくなるし。売るなら珍しいうちに売らなきゃ、安くなっちゃう。」
アイシャのくせにむつかしいことを言いやがる、渋面をますます渋くするヤクタだが、こういう話ならシーリンの表情が輝く。
「えぇ。ものには売り時があって、逃しちゃうとせっかくの良いものが台無しになっちゃうのねぇ。売出しを焦って早すぎちゃっても、失敗だけどね。
アイちゃん的には、今しかない、波が来る!って、いうのね?」
思っていたより理解が得られているが、何もそんなに難しいことを考えた話ではない。これはこれで困った。
「シーリンちゃん的には、どうかな? あらためて言われたら、自信なくなっちゃった。」
「弱いな! 一勝一敗になったぞ、武神流!」
常に極端めの意見を出すヤクタも、こういう話には茶々を入れる以外にできることがない。
「せめて、一緒に王都まで行って、観光でもしながら情報を集めて、それから判断しましょうよ。」
結局、シーリンの穏やかな意見にうなずくことになってしまう、まだ交渉術という言葉も意識していないアイシャだった。とはいえ、まるまる従うのも意地が許さない。何かしらはここで進展させたい。
追い詰められたアイシャが必死でひり出した屁理屈は、
「売り出す前にも、ちょっとした地道なプロモーション、ていうか宣伝、を、王都圏内で始めていったほうがいいと思うんですよ!」
というもので、まんざら捨てたものでもない。
問題は、暴れて悪人退治をする以外の自己主張の手段について完全ノープランであることだ。正直どうすんの。ヤクタを見やって、無言で首を振られ、あっさり万策尽きて、指をもじもじさせながら、
「シーリンちゃん、なにか宣伝プラン、無いかな?」
最後は人頼み。
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「力仕事なら、王都まで行ったら“冒険者ギルド”っていう、いわゆる危険を冒してやる仕事の口利き屋さんがあって。護衛とか、外の街へのお使いとか、危ない野獣狩りとか。その界隈での名前は上がるわね。六人衆さんが詳しいと思う。
でもそういうのじゃないのよね。偉い人界隈へのアピール。王子様から何かもらってない?」
王子様からは最初に金貨20枚、つい先日に銀貨100と銅貨100枚、それぞれ王子様の紋章が焼印された小振りの革袋でもらった。それ以外は、特に何も。
いちおうの確認で、銀貨と銅貨の袋をひっくり返してみると、銀貨の袋から上等の紙の書き付けがまろび出てきた。こんなのを入れてもらってるなんて聞いてない。折りたたんであるのを開いて見れば、文字の他にも立派なハンコが捺されている。なんだろう。
「おぅ、なんて書いてあンだ。読めよ。」
“無遠慮”という言葉を体現したかのようなヤクタの物言いに、ギョッとしたような目線をシーランちゃんとわたしで送ってしまいますが、
「アタシは読み書きができなくはねェが、得意じゃねェんだよ。」
と、聞きもしないフォローを自分でするので、ふぅん、って感じて流してあげて、ちょっと姿勢を正して重々しめの口調で読み上げてあげよう。えーっと、
「『おうちのかたへ』」
完璧な真顔を保ったまま鼻水を吹き出して、むせて誤魔化そうとしているのはシーリン。この屈辱、忘れない。ヤクタはこういう物言いをわかっていないので、さっさと続けろと言いたげな顔をしています。続けましょう。
「『お宅のお子様は国家にとってたいへんすばらしい功績を上げましたので、些少で心苦しくはありますが、御本人の希望に沿うかたちで礼金を差し上げます。
これだけではあまりといえばあまりなので、国に関わる身分のある者は、この書面を見たならばその持ち主を国家勲二等章保持者として丁寧に扱うよう、宮殿にも早馬を出して連絡しています。
また、この書面に捺されている印は、国家の大きな功労者を報いる書面のための格の高いものなので、ゆめ、粗末にすることのないようにお願いします。』」
ここまで聞いて、顔を覆って悶えていたシーリンがいきなり武神の速度でシュバッと詰め寄ってきて、
「ホントに勲二等章のための印璽だ。アイシャさん、この紙きれ、盗まれたり手放したら死刑だよ。印璽の偽造に使われかねないからね。」
マジ? どうなのよそれ。言えよ、そんなん入れてるって。腹に据えかねるところはあるが、続きを読む。
「『なお、いずれ』……きゃぁ! いや、終わり! ここまで!」
「えぇ? そんなワケないでしょ、何が書いてあったの、顔、真っ赤じゃないの。それよこしなさい!」
「なんだ、なんだ、いずれサッちゃん呼びの罪で死刑とかか? めっちゃ気になるじゃないか。どうして隠すんだ!」
シーリンちゃんがカムラン流の秘奥義で奪いにくるけれど、これは渡せない。続きには、『なお、いずれ、娘さんを妃に迎えたく思っているので、身持ちを固くさせておくようお願いする』と書かれている。
これって、割と本気のプロポ―ズじゃないの? こんなところで言う? あ、面と向かっては言われてた。そういえば。いや、でも。でも!




