55 馬車の旅
馬車はイルビース西城門をくぐり、西下街を過ぎて、田園の平地を進み、荒野を越えて行く。
急遽手配がついた中では最高級の二頭立ての馬車のまわりを武神流六人衆とヤクタが小走りに警護しつつ、その後ろをシーリンの家の使用人が荷物を積んだ小さめの馬車で追う、奇妙とまでは言えないがなかなか目を引く、そんな一行だ。
そんな一行の中で、特別に目立っているものがある。
「ねぇ、どうしてみんな丸太を振り回しながら走ってるの?」
「はッ、姫様はご存知ありませんか、これは丸太ではなく武神流の槍稽古に使う重槍でござる。姫もお一つ、いかがか。」
馬車の窓を開けて首を出し、大汗をかきながら丸太を担いで追走している六人衆の一・アーラーマンに問うたアイシャ。「結構でござる」とだけ言い返して馬車の窓を閉める。
「アイちゃぁん、お姫様って呼ばれて全然当然の顔が出来るのって、なかなか大したものだよ。…ところで、私が蹴り出したんだけどヤクタさんは外でいいのかしら。」
「馬車の中が狭くて腰が凝るってさ。背が高いのは憧れるけれど、あんなに大きくなくてもいいよね。」
話題になっている大女・ヤクタは六人衆の紅一点・チャリパと意気投合しているようで、一緒に走りながら借りた丸太を振り回したりして、男どもも混じえて大盛り上がりしている。
六人衆筆頭のアーラーマンは身の丈200に及ぼうかという大男だが、ほかも180程で、それでもこの世の中では十分以上の巨漢揃いだ。ヤクタはその中でも、細身ながら縦は大きい方になる。その嵩高い一団が丸太体操しながら馬車を囲んで練り歩くさまは、小娘には信じ難いノリだ。
「私も、馬車の中は苦手なんだよ。でもぉ、だからといって外を走るという選択肢はなかったわ。馬がいらない人、ってどうなってるんだろう?」
もぉうすこし進んで、ヴェイン川の大橋を渡った、先の宿場で今日は泊まりになるから、それまで、我慢してね。すでに車酔いしかけて顔色の悪いシーリンが自分に言い聞かせるように言うので、別になんとも思っていないアイシャも少し居住まいを正してうなずく。
その橋が近くに見えるほどに迫ったところで、一行は足を停めた。
「今から軍隊が通るから、道を空けてしばらく待ってろってさ。どうする? 武神流組で強行突破、イッちゃうか!?」
窓をノックして、橋番からの申し出を伝えて、ついでに益体もないことまで発案するヤクタ。後ろの六人衆も槍を掲げて気勢を上げているが、今までの鍛錬のせいで目に見えて消耗している。肝心なとき、にするつもりはなくても、急な役に立たないようでは王都武神流の底が見えるというものだ。
街を出たんだから、もう急ぐ必要もないから。そういうことで、大人しく行軍を見学することに。
――――――――――――――――――――――
のんびり、休憩しながら橋が通れるようになるのを、ただ待ちます。
これまでもダラダラするときは普通にダラダラしていたけれど、それでもどこかに急かされている、張りつめた一線が心の何処かにありました。それが今、すっぱり切れてキレイに空です。
手持ち無沙汰の間、ヤクタのピアスコレクションを見せてもらって、釘に硨磲貝を散らしたピアスとか、金銀細工のドクロとか、本物の頭骨の細工物とか、ひえぇってなって退散。奥が深い世界だ。
チャリパおっ母さんのピアスは、自分で殺した夫の仇の奥歯だって。捨てなよ、そんなもの。って言ったら、悲しい目をさせてしまいました。でもそんなのダメだよ。健康的じゃぁない。川原で素敵なピンクの小石を拾ったので、これをどうにかできたらプレゼントしてあげよう。
そうこうしていると、彼方から軍隊が、あちらものんびりと登場、橋を渡って近づいてきます。さっさと行けよ、との舌打ち七重奏による謎のメロディをBGMに堂々通り過ぎていきます。
おや、先頭グループの騎士さん、あれ女性じゃないですか。女騎士? そういうのもあるのか。由緒ある伯爵家の娘さんらしい。さすがシーリンちゃん、詳しいですね。
あれ、いいね。いいですよね。ピシッとして、シャンとして、シュッとしてる。女騎士、騎士ってどうしたらなれるの? ここでシーリンちゃん特別講座・騎士になるには!〔① 貴族の家に生まれる〕 。初手から挫折しました。もう少しこう、なんというか教育というか……
シュッとした女騎士の一団と、後続の軍隊。六人衆代表のアーラマンちゃんが言うには2万人くらいだという長大な行列が過ぎて行き、西に傾きかけていたお日様が夕日と呼べる感じになる頃、ようやく私たちの道が通れるようになりました。
「あの軍隊って、あの王子様の援軍に行くのかなぁ。」
「そのような軍勢が組織されていると噂はありましたが、早かったですね。」
何気ない疑問を発すると、シーリン家の使用人さんが初めて話に参加してきました。
なるほど、やっぱりそうなのね。と感心していると、武神流一味は微妙な表情。「あなたたちは戦争に参加しないの?」なんて聞いたら、渋々の返答で、参加するつもりではあった、と。
彼らはそもそも、サディク殿下の兄弟子として助けに行くべく貧乏道場で路銀をつくって、いざ旅に出たところで殿下の敗報に接したんだって。
で、何もせずに引き返せるものかと情報を集めたりしているうちに路銀が尽きて、万事休したところで王都へ帰る馬車の護衛任務を見つけて、今に至ると。
「都市部ではともかく、地方になると食料の値段が急騰していて、水さえロクに手に入らんかった。盗賊にならんかったのだけが最後の意地だった!」
そう、口々にわめきたてて見苦しい。でも、言われてみればヤーンスの市場でも「胡乱な余所者には倍から10倍の値で売ってやってる」って言ってたな。わたしは余所者じゃなくて助かってたんだね。
なぜだか、シーリンちゃんが半ギレで「アイちゃんがいかに凛々しく戦ったか」を見てもいないくせに熱く語りながらお説教しているので、わたしから言ってやるべきことは特にないです。
5話。タイトルどおりの展開はもう少し後から。




