挿話 シーリン
シーリン・カーレン。19歳。身長は164、体重?…は、56。ですよ?キログラム王の名にかけて。まぁ、いいじゃないですか。…スリーサイズ?88に、63の90だっけ。うふふ。
出身はぁ、王都。カーレン家は歴史だけは古い、断絶した男爵家で、曽祖父が商売で儲けたときに目玉がとびでるような値で身分を買わされて、それからウチも歴史ある貴族。それ以前のウチが何者かは判然としないけど、あれ以降3~4代続いている貴族。立派なものですよ? だから、わたしもご令嬢と呼ばれないこともないのです。偉いんですよ? 庶民はひれ伏しなさぁい。
そんな私だけど、子供の頃から実家の商売の勉強をしながら、2年前から東フィロンタ子爵領のカーレン商会支部で働き始めたの。あわよくば、フィロンタ子爵の長男の嫁になるか、次男を入り婿にするか。そういう目論見があったみたい。
でも、どちらとも性格が合わなくて、初めて親元を離れた気楽さも、商売の仕事をする楽しさもあったから、結婚についてはのらくらかわしながら日々を楽しんでいました。
その時!ですよ。オーク族の侵攻があったのは。
子爵一族の逃げ足は、それはそれは速くて。“動作は鈍いけど急を要する判断力には秀でている”って評判をもらってた私でも気づけないうちに、街の守りが1人もいなくなっちゃってて。
“長男か次男か、どっちとは言わないけど家どうしの付き合いの婚約者”だった私に何も告げずに。あれは、内通があったんでしょうねぇ。とにかく、私たちも逃げなきゃいけないってなりました。
でも、店を畳んで逃げる準備ができる前に、速やかに街は占領されちゃって。それから2ヶ月ほど潜伏して、隙を見て街を出ることはできました。ところが、しばらくも進まないうちに馬車を曳く馬が急に倒れて、何やかんやのうちに、頼りにしてたバントーさんもテダイさんもいなくなっちゃったんです。
そのときはオーク族に見つかったのか、はぐれて道がわからなくなったのかととても心配したものです。後になって、どうやら、どんくさいワガママ娘を捨てて財産を持ち逃げされちゃったんだとわかりまして。信頼していたのに!
それで、何にもない草原に1人、手ぶらで放り出されちゃって。途方に暮れてたとき、サディク殿下の軍隊の陣地を先行して作ってる人たちに出会えて、拾ってもらえたんです。「カーレンさん家の娘さんじゃないか」って、私のことを知ってもらっている人がいたので、スパイ、不審者の疑いはあまり無くて済みましたが、「今、王都まで送ってあげられる余裕がない」から、王都からの使者とかが来たら帰路に同行させてもらえばいい、っていう話になって、陣地の中に天幕をひとつもらってお世話になることに。
はじめは、憧れのファリス子爵様のお近くにいられて、時々はお話もできる、って喜びもしましたが、「若い男ばかりの軍隊の中では貴女は刺激が強いから」と自由に外にも出れず、まるで幽閉されたような毎日。
運命を嘆いて涙に暮れていたある日、急に「この陣を引き払う」って連れ出されて、もっと粗末な場所に移動することに。一体何があったのか、これからどうなるのか、誰も何も教えてくれないで、ただただ歩けってせっつかれて、大泣きですよ。
その後、私も食事の煮炊きの真似事くらいはできたから、労働力に数えられるようになっちゃったの。外に出て忙しくやることができたのだけは、せめてもの幸運だったかもしれません。
そうして数日後の夜、また陣地の中が大騒ぎになったかと思うと、「お世話になりまぁす」って、かわいい小さな女の子と凛々しい野性的な美青年(女性でした)が天幕の中にやって来て、切望していた最新の情報を得ることができたのです。
なんとも奇想天外な話でしたが、信じられないと意地を張って何になるでしょう。理屈が通らない部分以外は、多分そうだろうなと思っていたことばかりだったのですから。
翌朝、先を急ぐ彼女らに私も同行させてもらうことにして、旅路を再開しました。
美少女と美女ふたり旅の間に割り込む形になるので、お耽美な空間が広がっていたらイヤだなぁ♥と期待してもいたのですが、美女の中身はオジサンで、美少女の方もお子ちゃま、どちらかというと男の子っぽいくらい。ロマンスの香りはびっくりするくらいありませんでした。
そんなこんなで、道中、男の子の飛び入り参加もあったりしたけど、無事に領都イルビースに到着。宿には、たまたま実家からの“シーリン捜索隊”が成果無しのまま引き返してきていて、「死んだお嬢様が帰ってきた」と大騒ぎになったの。遅い、ぬるい、無能!
ここで私の見込みとしては、王都の実家と手紙のやり取りを2往復くらいして、1ヶ月は優にかかるだろうからその間アイシャちゃんと遊んで、それから特別馬車を仕立てさせて、できれば一緒にゆるゆる帰るつもりでした。
しかし、捜索隊としては身の危険を感じるレベルでプレッシャーをかけられていて、予算オーバーで私財をはたいてでも私に早く実家へ帰ってほしいらしい。私としても寝覚めの悪い思いはしたくないし、泣いて頼まれれば首を縦に振るしかなくて。
アイシャちゃんの方も実家の問題がよろしくないらしく、お気楽に遊びたいみたいなことも言えないかぁ、と諦めかけていたら、あちらの方から急いで王都に行きたいという望外の申し出。こんな都合のいい話があるのか、不安なほどだったけども、軽い一悶着の後に出発進行となりました。
「ヤクタは頼れる仲間だけれど、シーリンちゃんとは女の子がするような話ができて、いいよね。」
嬉しそうに耳元に緑のキラキラをひらめかせながら、かわいいことを言ってくれます。妹分、と呼びたいけど、お姉ちゃんをやるには圧倒的に私の力不足だわ。
「ヤーンスの町はいいところだったけれど、田舎だから。夕方に友達へ秘密の打ち明け話の相談をしたら、朝にはそれが町中のオハヨウの挨拶代わりになってるみたいな町だから、油断ならなかったんだ。おしゃれとか、女の子のことでも、相談したくてできなかったことがいくつもあるんだよ。」
「もぉちろん、なんでも聞いてぇ! 実家についたらツメとか香水とか教えさせて!」
そう、実家についたら。まずは、2年かけてポシャらせた婚活が爪を研いで牙を剥いて待ち構えているだろう。あるいは素敵な旦那様候補がいるかもだけど、そんなのがあるならもっと前から話があっただろうし、望み薄だわ。
そりゃあ、私も貴族の端くれ、商家の女で、豊かないい暮らしをさせてもらっていたのだから、そのぶんお家の役に立たなくちゃいけない。当然のことです。でも。
「イヤなものはイヤ。」
さっきのアイシャちゃんの何気ない言葉。まるっきり子供の言い分だ、それが通るなら誰も苦労しないわ。でも。
くふふ。くふふふ。
ばかだった子供時代みたいな愉快な気持ちになって、含み笑いが止まらないの。思わず口に出ちゃって、アイシャちゃんに動揺させちゃってるのは申し訳ない。でも、
「そうよ、私だってイヤなものはイヤ。それくらい言える実績は積んできたわ。くふふふふ。お父様、見てらっしゃい。」
次回から5話になりますが、書き溜めが減ってきたので次回29日更新分以降、隔日スタイル・2日に1度の更新になります。
評価点などいただけますとやる気が出てスピードアップするかもしれません。よろしくお願いします_(._.)_




