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迷子の無双ちゃん ふわふわ紀行 ~予言と恋とバトルの100日聖女は田舎の町娘の就職先~  作者: 相川原 洵
第四話 村と街と人

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54 新生


 王都ファール・ザフルへ向け、馬車が動き出す。先ほど担ぎ上げられたり落とされたりの虐待を受けた馬も、特に不満げな顔は見せない。

 上等な内装の馬車に乗れて嬉しそうにソワソワしているアイシャも、場違いさに不機嫌なヤクタも、ガラス窓の外の風景が流れだすと「おおーっ」と子供のように歓声を上げた。途端、馬車が止まり、中の人々もガクンとつんのめる。


「危ないぞ、どけ!」の声にかぶさって、もうひとつの声が響く。

「アイシャ、居るんだろう、出てきてくれ!」


 …また、叔父さんだよ。顔を覆って悲嘆に暮れるアイシャを、ヘラヘラとヤクタがからかう。

「なんで、こう出くわすんだろうな。何か運命とかあるんじゃねぇ?」


「冗談じゃないよ。…弟子たち、その人をつまみ出して!」

「まぁ、まぁ。アタシが話聞いてきてやるから。」


 まさか無いとは思うが、お前らが先行くとまた迷うかもしれねぇから、ちょっと待ってな。そう言い残して表に出るヤクタを見送りつつ、シーリンも嘆息する。


「事情は聞いてるから私もアイちゃんの味方するけどぉ、こういうシガラミって面倒だよ。決着つけてきたほうがいいんじゃない?」


「ゴメンだけど、イヤなものはイヤ。さすがに今回はわたしのワガママで、逃げてるだけなことはわかってるよ。わたし自身、もうちょっと自信持てて、自分がやりたいこととできることをはっきりさせてから、お父ちゃんのこととか、叔父さんとも向き合いに来るから。」



 そのまま大人しく待って、戻ってきたヤクタを乗せ、馬車は再び進み出す。


「アイシャはオマエのんじゃなくてアタシのだ! って言ったら意外に素直に引き下がったぜ。護衛しながらさんざんビビらせてやったりしてたからかな。」


「ひぇっ♥」「きゃぁー♥」


「で、これ。親父さんからアイツに託されてたらしい。機を見てアイシャに渡してやってくれって言われてたんだってさ。アイシャの身分証。」

 

 新品、ピカピカの金属製プレートにはアイシャの名と生まれ年、出身地、両親の名、イルビース伯がこの者を保証する旨の紋章などが刻まれていて、肌触りは冷たいがどことなく暖かい光を放っているように感じられる。


「お父ちゃん……」

 受け取ったプレートを胸にかき抱くと、自然に口から言葉が溢れだす。

 ヤクタはしばらくそっとしておいてやろうと窓の外に目を向け、シーリンはそっと目元を拭う。


「直接くれたらよかったのに。なんで叔父さんに。」

「それは、アイシャが頼りねぇからだろう。」


 しんみりした空気のなか、不躾な疑問に、無遠慮なツッコミが飛ぶ。

「台無しだよぉ!」シーリンの抗議は行く宛もなく宙に消えた。




 北の市街は細い道が入り組んでいるが、馬車通りと呼ばれる比較的広く真っ直ぐな道がある。その道を通って、アイシャたちが入ってきた東から、反対の西側の市街へ。左手にイルビース城の威容を眺め、ぐるりと回り込んで進む。

 西側の大手通も東に負けないにぎわいを見せており、馬車は脇道の馬車通りを行く。表通りを馬車が進めないのは不便なことだが、かつて何度規制しても結局ウヤムヤになって、領主側が妥協せざるを得なくなった事情がある。国王様のお成りや軍隊の行進など特別な行事の日にのみ、大手通は庶民の通行が規制されて貴族の手に戻る、とはシーリンからの情報。



「結局、この街じゃなんにも見て回れなかったな。ドレス屋さんとかアクセ屋さんとか、楽しみにしてたのに。」

「また来たらいいよぉ。今は時期が悪かったんだよ。それに、王都にもあるよ。」


 唇を尖らせてアイシャがつぶやき、シーリンが慰める。ヤクタは領都生活を結構エンジョイしていたため、無言で流す。

 ただよう煮えきらない空気をどうにかしようと、シーリンが小箱を取り出した。


「ところでぇ、護衛の報酬は出しましたけど、アイちゃんに特別の追加報酬をお出ししたいと思ってたんでした、こちら、翡翠(ひすい)のピアスです! 」


「わわっ、きれい! もらえるの、もらっていいの!? ……ピアス?」

「おおッ、いいじゃん、値打ちモンだぜ、それ。」


「……ピアス……」

「アイちゃぁん、プニプニのナチュラルみみたぶも良いものだけど、もう子供じゃないんだからこれくらいつけなきゃダメよ。」


「なるほどそうだな、ピアス穴くらい、8歳児の度胸試しさ。羽交い締めにして、ぶっとい針で一気にブスっブスっブスって、そんでから耳が腐らないように超しみる 「ヤクタさんストップ。ほら、私がやってるくらいだから普通だよ。おしゃれしようよぉ。」



 アイシャは、自分の目と同じ緑に光る輝石をうっとり眺めつつ、アブラ汗もたらたら流しつつ、ふと、別のことを思う。

 いままで、武神様のことは誰にでも自己紹介くらいの感じで話せてたのに、どうしてお父ちゃんにだけは言えなかったんだろう。きっと、これを言ってしまったら、いよいよ“お父ちゃんに守られる子供・アイシャ”から、ひとりの人間としてのアイシャになってしまうことが、まだイヤだったんだ。

 お父ちゃんのことは悪く言ったり軽く見たりしちゃうこともあったけれど、やっぱりわたしにとっていちばん大切な、寄りそってもらいたい人だったんだなぁ。まだひとりで立てるかはわからないけれど、胸を張ってこの街に帰れる日が来たら、そのときに堂々と天国のお父ちゃんに報告しよう。


「アイシャ、大人になります……ピアス、開けます!」


「そんな大したもんじゃねェよ、どうせオトナなら、下の「ヤクタさん退場! ピアスは清潔が大事! 不潔な言葉を耳に入れる人がいてはダメ! おしゃれ心が腐る!」


 普段おっとりのシーリンが鬼の形相で走行中の馬車の扉を開けてヤクタを蹴り出そうとしている間に、


「んッ、痛っ! …あぅっ!~~ … ふぅー。」

「あッ! アイちゃんやっちゃった!? 私がやってあげたかったのに!って(ナニ)で開けたの? ピアスの金具で?そんなことってあるの?武神流?」


「んっふっふ、どう? 綺麗? カワイイ?」

「バッチリ! エクセレント! 優雅! そのピアス選んだ私グッジョブ! …涙、拭いてあげるね。ちょっと血も出てるしぃ。」


「お~い、アイシャぁ、アタシも見たーいぞー。」

 蹴り出されたヤクタも下から声をかけてくる。


「うふふ、新生アイシャちゃんですよ。お弟子さんたちにも見せてあげよう!」






第4話【村と街と人】でした。次回は久方ぶりの挿話、その次から第5話【カムラン武神】です。はい。


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