52 王都へ
叔父からの同居のお誘いのお陰で頭はシャンとしたが、もとより感謝するいわれもない。
「ヤクタぁ、わたしはシーリンちゃんを連れて王都に行きたい。なるべく早く、急ぎで。」
「いいのかそれ。街の一般人はそういうの、義理とか仕来たりとか大事なんだろ。アタシは知らないがな。」
「わたしだって知らないんだよ。みんな、どうやって詳しくなるんだろ。」
口を尖らせながら、アイシャが続ける。
「とにかく、何か革命的政治活動で、国の無策で父を失った悲劇のヒロイン役でお飾りの神輿にしてやれとか、結婚とか、そういうのは絶対お断りだから。…ところでヤクタ、情報屋さんはライお兄ちゃんについてはどう言ってたの?」
「いや、詳しくは聞いてねぇが、親父さんと一緒にダメだったとしか。」
「そりゃぁ、わたしも一縷の望みにかけたいけれど。生きてるかもって信じたいよ。だからって、それを盾にして、言うことを聞かせようってそれはないと思う!」
「えぇ、マジでそうなの? 勘ぐり過ぎな気もするが。でもやるかな。やりそうではあるな。しかし外道だろ、そんなの。」
ヤクタは頭を抱える。自身が賊なだけに、一般人は無垢だと夢を見たいのかもしれない。
「それは置いといて、、シーリンの予定を聞きに行こうか。プー助はどうする。」
「プーヤーくん? 来たければ来てもらってもいいけど。それより、シーリンちゃんが無理なら、わたしたちだけでも行こう。ヤクタ、いいよね。」
*
「それはまた最高に、願ったり叶ったりというものですよぉ!」
手を打ち合わせてシーリンが無邪気に喜ぶ。
下街の焼け跡を抜け出し、今度は上街の高級な宿を訪ねてきている。
ちなみに、城門でのアイシャの身分証の問題は、例のジュード衛兵氏に頼んで顔パスですり抜けている。そう、“2番目様”から“気のいいボンクラ衛兵さん”にアイシャの中でこっそり格下げされている彼だ。
高級な宿に関して「生まれの格差を感じるね」とボヤいたアイシャだが、「アタシにとっちゃあアイシャの家で十分妬ましいもんだぜ」と、相方はつれない。
「王都の実家から、早く帰ってこいってすごーくせっつかれてて、明日にも馬車と護衛の手配が付く予定だったの。アイちゃん、面白いしカワイイから、まだ一緒にいれて嬉しいわ!」
速やかに問題が解決し、王都への足も確保したアイシャたち。
翌日になって、再びシーリンと合流し、旅路の諸々を確かめる。今ごろミラードはアイシャが現れないことに大慌てだろうが、面倒に巻き込まれないための逃亡だ、父も認めてくれるはず。見通しを甘くもって話を進める。
「……それからぁ、彼らがこの旅の護衛を務めてくださる、王都武神流道場の皆さんです! ばぁーん!」
「武神流?」「おぉー。」
「なんかぁ、笑っちゃうでしょ?」
立派な馬車での5日の予定の旅、その脇を固める6人のむくつけき男たち。いずれも、でかい・ごつい・むさ苦しいの3拍子揃った獣臭漂うおっちゃん、いや、おばちゃんも1人いるが、性別以外の差はない。
「お嬢さん、笑っちまうとは聞き捨てなりませんな。理由をお聞かせ願いましょうか。」
リーダーらしき男が一歩前に出て、禿頭に青筋を浮かばせながら顔中を真っ赤にして問い詰めてくる。
アイシャはどうなるものかとハラハラした顔だが、シーリンは慣れたものの様子で、ヤクタに至ってはとてもいい笑顔で指の関節を鳴らして、乱入の準備万端だ。
「悪い意味じゃないのよ。そっちの、小さい方の女の子が武神流の達人で、つい先日もオークの兵隊をたくさーん倒したっていうから、並んだらおかしくなっちゃって。ゴメンナサイねぇ。」
シーリンの言葉を聞いた男は一瞬、虚を疲れたような顔をして、余計に顔を赤くしてどら声を上げる。
「バルディア! チャリパ! ダーヴド! 馬車を持ち上げろ! エスファンダル! ファルディン! お前らは馬を担ぎ上げろ!」
号令一下、後ろに控えていた5人が無言で素早く配置につき、「うおおぉぉっ!」と地鳴りのような掛け声を上げながらそれぞれの獲物を持ち上げる!
「我ら!」「武神流六人衆!」「そして我こそが王都武神流道場師範・アーラーマンである! 武神流ッ! 軽々しく名乗れるものではないぞッ!」
「おぉっ、すごいすごい! ムキムキだ!」
丸太のように太く、縄のようによじれた彼らの筋肉に、シーリンとアイシャは手を叩いて大喜び。ヤクタも「演し物としちゃあ満点だな」と常になくバトル欲を掻き立てられているもよう。
「じゃあ、わたしはあのおじちゃん、アーラマンさん?を持ち上げたらいいの?」
「そうなの?」「やったれw、やったれwwww」
*
アイシャは武神の技で、ものの動きと働きを理論上の最適以上に最大効率化させることができる。が、腕力自体は未だにへなちょこのままだ。静止した重たいものを動かす力はない。
よって、つかつかと師範に歩み寄って力いっぱい押す。師範にとっては蚊が停まった程度の力で押して、師範のわずかに踏ん張る力や、女の子が寄ってきてペタッと触られて身じろぎする力や、普通の呼吸で上下動する力などをまとめて1方向へ増幅しながら導くように両手で揺さぶる。この間2秒。
周りから見れば全く力が入っていない、魔法かと思えるような不思議さで、アーラーマンの巨体はみずから空高く吹き飛んだ。




