51 家族
まだ暗いのに目が覚めた。ベッドに上がった記憶はないけれど、いつの間にか、寝間着になってベッドの上にいる。ヤクタがやってくれたのかしら。ありがたいのは、ありがたい。でも体が脂っぽいのでせめて拭うくらいはしたいな。武神流の技で体をキレイにできたらいいのに。
目をこすりながら上体を起こして、部屋の中を見回す。ヤクタがいない。外に気配を探ると、いた。こちらに向かって歩いてくる。だったらいいや、体を拭くセットまで用意してくれてるし、使いながら待っていよう。
*
「あ、起きてたのか、アイシャ。まだ寝ててよかったのに。……あー、親父さんの件な。調べがついたンだ。呼び出されて、行ってた。聞くか?」
ヤクタの声がいつもより低くて、心の動揺がひどい。つられて、心臓も早鐘を打つようにドキドキと激しく鳴る。
覚悟はしているけれども、「大丈夫でした―!」と言ってもらえるわずかな望みに賭ける以外にわたしの選択肢もない。衣服を直して、行儀よく座り直して、さぁ、どうぞ。
「親父さんと兄さんな、あの日、街を出る前に下街の焼け跡辺りで、馬を目当てに襲われたみたいだ。アタシらがその辺を通りかかる頃には、もう……うん。」
そうじゃないかという気はしてた。でも、言ってしまうと本当になりそうな気もしたし、そうなって欲しいわけじゃあ、絶対になかった。
一縷の望みをかけて、言葉を探す。
「…その魔法は、どれくらい当たるの?」
「どうだろうな。外れたとはあんまり聞かないが。」
やっぱり、聞いただけじゃ、実感がわかないよ。それに、もし本当にお父ちゃんとお兄ちゃんが殺されていたのだとしても、そのままにしていくわけにはいかない。
「まぁ待てアイシャ。眠れないだろうが、明るくなってから探しに行こうぜ。真っ暗な中で何を探すってんだ。それに、また悪人に絡まれて、なんだかんだで街が燃える。」
ひどい。
*
夜明けを待たずに街は動き始めるが、わたしたちはしっかり明るくなってから外出する。今ごろになって眠気が出てきて頭がふわふわしてる。
「オマエってヤツは」ってヤクタがもの申したげにしているけれど、ひと晩、抱きまくらみたいに抱えられてた消耗もあるんだよ。暴れやしないって。そんなにわたしを信用できないか。
朝の街は、働きに出かける人、もう働き始めている人が忙しく行き交い、まだ低い場合お日様が眠たげに柔らかな光を周りに反射させて、にぎやかだ。そこらの家から炊事の煙が立ち上り、朝餉の匂いを漂わせてもいる。
わたしはといえば、お腹は減っているのに胸がふさがって食欲が出ず、ふらつく足どりをなんとか踏みしめて歩いている。途中でヤクタが薄いお粥を買ってきて、なんとか喉に流しこんだらちょっとはマシになったかも。
それにしてもヤクタと一緒に歩いていると、いい具合に周囲を威圧してくれるので1人のときに比べて歩きやすさがまるで違う。正直、妬ましい。
焼け跡だった辺りに到着した。出立した数日前に比べて、すでに復興が進んでいて、石材や木材を運ぶ人夫、いまだ片付かない瓦礫をなんとかしている住民など、もっと朝早くから働いている人達であふれている。
さて、どこをどう探したものか、と溜め息をついていると、人混みの中から声をかけられた。
「アイシャちゃん! どうしてこんなところに!」
会いたくなかった人だ。ミラード叔父さんだ。あ、嫌そうな顔をしないように気をつけないと。
「叔父さんこそ、どうしてここに。」
よく見ると、叔父さんの顔も目に隈ができていて、かなり憔悴している。わたし自身はどんな顔をしているんだろう。
「落ち着いて聞いてほしい。ユースフ兄、君のお父さんは亡くなっていた。」
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ミラードが言うには、馬の売買記録で犯人の足どりは3時間のうちに掴めて、昨夜中に追い込みをかけた。アイシャはもう仇討ちなど考える必要はない。遺体を探すのもミラードとその仲間たちでやる、君が見るべきものじゃない。とのことだった。
「簡潔にまとまってて付け足すことがねぇな。野郎、慣れてやがるぜ。」
知らせを聞いて以降、アイシャは呆然と表情を失って無言で涙を流しているだけになってしまった。ヤクタがなんとか引っ張って、手近な茶店に押し込んで途方に暮れている。
「で、どうするよぅ、アイシャ。仕返しの必要がないって言われたって、人任せで済ませるわけにもいかねぇから、ひと暴れするだろ。それでさ。王子様でも助けに行くかネ。」
「…いいよ、仕返しなんて。わたしも、オーク族の兵隊さん何人も死なせたし、あのオークさんにも家族はいただろうし。言い出したらキリがないよ。」
何度目かの呼びかけの後、まだ薄ぼんやりとはしているが、ぐすぐす言いながらもようやく反応を示したアイシャ。
ヤクタは返答があったことには一安心して大きく息を吐きながら椅子に身を沈めるが、自身、家族愛の薄い環境にあったため、次にかけてやる言葉が思い浮かばない。
気まずい沈黙のなか質の悪い茶をすすっていると、ミラードが再び現れた。
「ここにいたのか、探したよ。すこしは落ち着いたかな。…………お父さんは見つかったよ。明日、みんなが葬儀をしてくれる。知らない人たちばかりだろうけど、挨拶に顔を出してくれないかな。
それから、ライ、兄さんの方は行方がしれない。ひょっとしたら、どこかで生きているかもしれない。引き続き、探してもらうよ。……
…アイシャは、このあとどうする。僕の身内も、もう君だけになってしまった。できれば、一緒に暮らしてくれたら嬉しい。無理強いはしないけど、考えておいてほしい。」
そのほか数言の連絡事項を伝え、ミラードは忙しそうに去っていく。
「しれっと、ちゃん付けを抜いてきやがったな、あの男。アイシャ、どうs……おぉっ、なんだその顔!」
親の訃報を聞いて自失していた少女がいま、筆舌に尽くしがたい表情、強いて例えれば、中空に仇敵の生首が現れたかと思えばそこからゴキブリが飛んでくるのを見たかのような顔色を浮かべて、絶叫する。
「ナイ! ソレダケハナイヨ!」
ちょっと面倒な展開が続いていますが、次から動いていきますので。
もう少しお付き合いください。




