45 旅慣れたひと
「それで。ここは、どこなんだよ。」
口火を切ったのは“堪忍袋の緒ははじめから切れている。修羅道を突き進む問答無用の盗賊首領・ブラックパンサー”ヤクタだ!
「先に言ってたスパイ小屋って、この辺でしょ? もっとずっと先? それは、道が悪い。スパイが悪い。悪い道をそのままにしてるこの辺の村人も悪い。こんな悪い道歩かなきゃいけなくなったのは王子様が悪い。だいたいみんなのせいだから、わたしのせいはちょっとだけだよ。」
自分のせいは承知の上。逆ギレで責任を広げようとする姑息なヒロイン、“地獄への道は衝動で舗装されている! 血まみれ武神姫”アイシャだ!
「なに、ニヤニヤしてるのシーリンちゃん?」
「ニヤけてなんていませんよぉ? なんでしょう、わかりませんねぇ。」
「あー、アイシャな、武神流の奥義で、だいたい人の考えてることもわかるんだわ。」
「(ヤクタ、わたしそんなのわかんないよ!)」
「(そういうハッタリだよ、黙って聞いとけ。)」
「ごめんなさいぃ! ちょっと面白いと思って武術大会の解説者みたいのを考えてました!」
私はなーんにも知りませーん。ヤクタが「な?」みたいな顔してるけれども、ぜんぜんわかりませーん。と、そっぽを向いてまっすぐ歩くアイシャ。どこに行くのかもわからぬ道をまっすぐ歩く。
ここで、すこし時間を戻す。
*
侵略者との戦から避難するため、生まれ育ったヤーンスの町から家族とともに領都イルビースへ移り住んだアイシャ。
領都で仕事にも就き、いくらか馴染んできた頃、戦の進行が予想されたより緩やかなことに気づいた父が、もとの町に残してきた家財を取りに戻ると言って、消息を絶つ。
アイシャは父を追ってヤーンスに戻るが、その頃戦争に動きがあり、わが国の軍は大敗を喫する。町が戦に巻き込まれることをなんとか防ぐため、捕らわれた王子を救い、敵の司令官を倒し、敵本陣を焼き払うことに成功するアイシャ。
そして、帰って父の捜索を再開しようとする直前、迷子の美女シーリンと親しくなり、行動を共にするのだった。
で、しばらく街道沿いに歩いて、ちょっとヤクタが小用を足しに離れるときに「お前らはそのままのんびり歩いてろ」と言って、戻ってきて、ちょっと手間取りつつアイシャを探し当てたときに物申したのが冒頭のセリフである。
*
「そんなにわたしが信用できないなら、次から歩きながらおしっこすることだね!」
「断る! オマエ自分が何言ってんのかわかってンのか。って、そう言ってるんだからせめて足を止めて話そうや。シーーリン、テメ、真っすぐの街道をコイツがそれるときに疑いがなかったのかよ。」
「だってぇ、アイシャちゃん、足どりに迷いがなかったですし。街道なんて、この辺、見ただけじゃわからないですよぉ。今のここも、踏み固められてて、ちゃんと道っぽいですし。」
人数が増えたせいもあり、話がまとまる方向に向かわない。まとめようという気も、最初から無いのかもしれない。要するに、ただ歩いていることに飽きて、暇つぶしに、にこやかに詰り合っているだけだった。
それはそれとして、一行は見当外れの方向に歩き続けている。
アイシャは、昨晩シーリンに「私よりずっと年下なのに、旅慣れててかっこいい、すごいスゴい」と褒められて嬉しがった手前、引き返そうと言い出しづらくなっている。
ヤクタは、殊、こうなってくるとまた面白いひと騒動起きないはずもない、と謎の信頼を寄せて観客モードになっている。
シーリンは、話の内容から道を間違えているらしいことは理解したが、なにか考えがあるのだろうと口を挟まないで従っている。まさか何も考えていない無責任だとは思ってもみない、素人考えだ。
が、不思議に運がいい人間というのはいるものだったりする。
「ほら、あっち、村だよ! 今夜はちゃんとした料理と宿のベッドがあるよ! やっぱり、わたしファインプレーだよね。」
「まぁ、道になってるんだから何処かにはたどり着けるわな。野盗の村でなけりゃアいいな。」
*
村は、寂れていた。
当然だ。歩いて半日の位置に敗軍の陣が据えられていたのだから、避難できる人間は全員避難済みで、ごく少数が情報集めや最低限の畑の管理その他のために残っている状態に過ぎない。
で、情報を持っているかもしれない旅人・アイシャたちには、彼らの側から接触がある。そこで、意外なような、言われてみれば当然のような再会も、あったりする。
「あ、スパイ【農夫】の人だ。」
「誰かと思えば……。すまないが、何があったか聞かせてはくれんかね。礼といえるようなもんは出せやしないが…。」
現れた村人は、一昨日、戦場への行き道で遭遇した、オーク族からの雇われ現地スパイ・オーク族の連絡員スパイ・我が国の和平派スパイの3人組のひとり、雇われ現地スパイのおじさんだった。
戦場は目と鼻の先といえる距離感で、大胆といえば大胆、他の選択肢がないといえば無い、そんな村。しかし、風景をぐるりと見渡したアイシャには別の感想があった。




